Nature's Blessings 森の恵みを菓子に包む
GINZA SIXに登場した2つの菓子店の故郷、恵那。山々に囲まれた街を流れる木曽川は、深い渓谷に豊かな自然を育んできた。なかでも恵那栗がよく知られる名産品だ。この栗が恵那に菓子の文化を育んだ。
自然の甘みを引き出した、シンプルながら奥深い和菓子
名古屋の中心部より北東に一時間ほど向かった自然豊かな里山の街、岐阜県恵那市。人口5万人と小さな街ながら、和洋菓子の名店がひしめく。中山道の宿場町など、古くから交通の要所として栄えたことで菓子の文化が発展したと話すのは、栗和菓子専門店「恵那栗工房 良平堂」(以下、良平堂)の女将、近藤薫さんだ。
《中央自動車道恵那インターチェンジ至近の「恵那栗工房 良平堂本店」。本店のみにこだわってきたが、初めてGINZA SIXに出店した。〉
1946年創業の良平堂を、「恵那には古い歴史をもつ菓子店も多く、私たちは歴史のちょうど中ほどくらい」と笑って近藤さんはいう。近藤さんの祖父が創業した店は、父、母、夫へと4代にわたって引き継がれてきた。本店に併設された工場に入ると、思いのほか規模が小さいことに驚く。職人の仕事を見ると、良平堂の菓子がほぼ手作りであることがわかるはずだ。
「私たちは、食材がもつ自然の風味を感じられる和菓子にこだわってきました。そこでもっとも大切なのは職人の手です。手作業だからこそ、季節とともに自然の風味を感じられる和菓子の提供を続けてこれたのです」
良平堂を代表する“栗きんとん”はセイロで蒸しあげた栗を手作業で裏ごしし、火にかけながら砂糖と混ぜ合わせて炊き上げる。やさしい甘みに仕上げたいと氷砂糖にこだわり、栗の味を引き立てるタイミングを見計らって炊き上げる作業は、職人の熟練技を要する。一つひとつ手作業で栗のかたちに絞った栗きんとんは、こうして栗本来の優しい甘さが現れる。この秋には、新栗を使った限定の栗きんとんもGINZA SIXにやってくる。
「誤解を怖れずに言えば、恵那の栗は他の産地に比べて色も見た目も華やかではありません。けれど風味が非常に豊かで、近頃はモンブランの人気などから希少性が高まっています。秋の訪れとともに栗の収穫も始まりますが、残暑もあって夕方に山へ入る人も少なくはありません。ライバルはなんといってもイノシシやクマ(笑)。彼らは美味しい時期をよく知っているのです」
この恵那栗に加え、一部に九州産の栗を贅沢に使って作られるのが、GINZA SIX店のみで限定販売される“恵那ひとつぶ”だ。
〈GINZA SIX店限定の“恵那ひとつぶ” 1個¥291。大ぶりの栗一粒を楽しめる。〉
大ぶりな栗一粒をまるごと使った甘露煮を白あんで包んであん玉にし、それを饅頭の皮で包みこむ。まさに栗一粒を思わせる大きさで、ほくほくとした栗の食感と甘みが特徴的だ。小ぶりで食べやすく、お茶請けにぴったり。菓子ではあるが、栗そのものを食べるようである。
〈“恵那ひとつぶ”のために、栗の甘露煮を一粒ずつ白あんで包み込む。〉
〈栗そのものの甘みを引き出した甘露煮。鮮やかな黄色で食欲をそそる。〉
〈栗そのものの甘みを引き出した甘露煮。鮮やかな黄色で食欲をそそる。〉
近藤さんは、菓子に使うヨモギや栗の葉といった素材はスタッフが野山に入って収穫し、もち米もスタッフが畑で育てたものを使うという。
「この地域は山間部ですから平地が少なく、住まいの裏にある山に入れば栗の木が至るところに生えています。
庭先に栗の木がある家も少なくありません。私たちにとって栗は昔なじみの素材で、たとえば栗きんとんはお正月だけではなく、日常的なお菓子だったのです。それが近年はモンブランなどとともに、栗菓子として注目されるようになりました」
夏の終わりとともに、旬を迎えるのが良平堂の銘菓“栗福柿”だ。栗きんとんを、恵那からほど近い長野県飯田市の特産品である干し柿で包み込む菓子である。天日で干すことで渋柿の甘みを引き出す干し柿だが、そのままでは固さが残る。手でしっかりと揉んで柔らかくした上で、中央を切り込んで種を取る。そこに栗きんとんを入れただけのシンプルな菓子だ。恵那の栗と市田の柿、そして栗きんとんに使うわずかな砂糖のみ。つまり、ほぼ天然の甘みからなる菓子である。天然素材なので柿の表情も日によって異なる。
〈市田の干し柿とむき栗。/恵那栗工房 良平堂(B2F)〉
一口噛むと干し柿のねっとりとした甘みが広がり、もう一口進めると風味豊かな栗の甘みが柿の濃厚な甘みと好相性を成す。“栗福柿”は、作った翌日こそ美味しいと近藤さんはいう。栗きんとんが干し柿の水分を吸い、ともに甘みや口当たりがいい案配になるからだ。作った当日に銀座へ配送するため、GINZA SIXの店頭に並ぶころには美味しい時期を迎えているとか。贈答用にも人気が高く、一日に包み込む数は2,000を超える。
和洋問わず栗菓子が人気を集める昨今だが、これまで実直に栗と向き合ってきた良平堂の素朴ながら滋味に富んだ菓子の風味は身体にすっと染みこんでくる。その菓子は、いつも人々の顔をほころばせていく。
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