GINZA SIXが招待する宇宙への旅。江之浦測候所で開かれた月見の宴
太陽が海に沈んだ午後6時、青墨色に霞む水平線の彼方に月が顔を見せ始めた。最初赤みを帯びていた満月が、輝く淡黄色へ変わりながらゆっくりと中空を昇っていく。「きれい」「月の出を見るのは初めて」。息をのんで天空のドラマを見つめていた観客から感嘆の声が上がった。
GINZA SIXがVIP会員に向けて開催しているリベラルアーツプログラム「CREATIVE SALON」は、「大人の遊びと学びの場」をコンセプトに、多様な分野から気鋭のアーティストや文化人を招き、施設の内外でエクスクルーシブなプログラムを提供している。そのCREATIVE SALONの一環として、小田原にある江之浦測候所で開かれた「満月の会」のクライマックスシーン。「宇宙を空想する」をテーマに掲げた今回は、事前応募に当選した招待客が参加し、月見のほかトークやコンサートも行われた4時間の特別な催しを楽しんだ。
「満月の会」の舞台となった江之浦測候所
写真、彫刻、建築など多岐にわたる分野で古今東西の文化を架橋する創作活動を展開する杉本博司。各国の有名美術館に作品が収蔵され、近年では和歌における本歌取りを解釈し直した個展(姫路市立美術館、渋谷区立松濤美術館)や、ロンドンや北京を巡回した写真作品展「タイムマシーン」が話題になった。建築家・榊田倫之とともに主宰する建築設計事務所「新素材研究所」はGINZA SIX VIP会員のためのラウンジ「LOUNGE SIX」の空間デザインを手がけるなど、GINZA SIXとも縁を結んできた世界的アーティストだ。
杉本が構想から20年以上の歳月をかけて神奈川県小田原市江之浦の山上につくり上げ、2017年に誕生したのが江之浦測候所。広大な敷地に冬至、夏至、春分、秋分の軸線に合わせて様々な構造物が配され、各時代の建築様式による建物群を、相模湾を見渡す景観とともに楽しめる。自然と日本文化の粋に浸りながら天と海を展望できるため、月を眺めるには最上の舞台と言えるだろう。
「満月の会」当日の午後は夏のような日差しの下、待ちかねたように参加者が集まってきた。まず江之浦測候所の全貌を知るための見学ツアーがスタート。小田原文化財団の案内のもと、正門の「明月門」をくぐった。
この門は、鎌倉にある臨済宗建長寺派の明月院の正門として室町時代に建てられ、関東大震災で半壊した後、東京の根津美術館正門に利用されていたもので、寄贈を受けこの地に再建された。古格を感じさせる姿が美しい。
次に海抜100メートルの高さに立つ「夏至光遥拝100メートルギャラリー」へ。名称通り、夏至の朝は太陽光が長さ100mの空間を駆け抜ける展示棟だ。杉本の「海景」シリーズの7点が大谷石で覆われた壁面に並び、対面は柱なしにガラス窓が37枚続く。海に向かい開かれた先端部では、水平線を一望でき、「海景」に登場する世界各地の水平線と呼応するように感じられた。
杉本が長年蒐集する「石」の数々も大きな見どころで、参加者は屋外に置かれた奈良・平安時代の古寺の礎石や石橋、石塔を見て回った。春分と秋分の朝日が昇る軸線に合わせつくられた「石舞台」は、地元で発掘された江戸初期の石材が使われている。橋掛かりには23トンの巨石が据えられ、能舞台の寸法を基本として設計されたこの石舞台では、芸能の起源と言われる日本神話の神、アメノウズメノミコトが降臨して踊り出しそうだ。ツアーでは、こういった秘話や展示品のより詳細な説明を聞くことができ、感興が深まった。
杉本にとって江之浦測候所の本当の完成は5000年後。「ガラスは割れ、建物は崩れ、石とトンネルだけが残された廃墟になったとき、どんな人間が何を意図しここをつくったかを、未来の人に想像してもらえたら」と杉本は語っているそうだ。
未来の遺跡──。そんな作家のたくらみが込められているのが、ここ江之浦測候所なのだ。
さらに千利休作とされる茶室「待庵」の本歌取りとして構想された「雨聴天」、由緒ある門や石塔を巡り、小休止。用意された柑橘ドリンクは、敷地内で収穫された無農薬栽培の柑橘がたっぷりと入り、爽快な香りと優しい甘さに癒やされた。
宇宙と空想、宇宙とアート
休憩を終えて待合棟に移動すると、「宇宙と空想」をテーマにしたトークイベントが始まった。トークのゲストは、宇宙ナビゲーターの村木祐介、モデレーターは『美術手帖』総編集長の岩渕貞哉が務めた。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)のエンジニアでソニーグループの宇宙戦略プロデューサーを務める村木は、宇宙のすばらしさを伝える個人活動も積極的に行い、美術愛好家でもある。思いがけず杉本が姿を見せ、聴衆に加わったトークは、杉本が近年取り組む宇宙での作品制作プロジェクトの話で幕を開けた。
ソニーと東京大学、JAXAの共創から生まれたプロジェクト「STAR SPHERE」は、カメラを搭載した超小型人工衛星「EYE」を打ち上げて地球からの遠隔操作で写真を撮影してもらい、宇宙体験を社会に届けるもの。その一環としてアーティストとの共同制作にも取り組んでおり、第1号に選ばれたのが杉本だ。プロジェクトに携わる村木は、「『宇宙視点の芸術』というコンセプトを考えたとき、視点を託したい作家として真っ先に浮かんだのが杉本さんだった」と話し、面識がなかった杉本に承諾を得るまでの経緯なども披露。「初めて対面したときは、人生でいちばん緊張した」と語り、聴衆の笑いを誘った。
「これまでJAXAは、宇宙をデータとして観測し、人々の心を通して宇宙をとらえてこなかった。洞窟壁画を見ると、太古の人々が何を畏れ、美しいと感じたかわかるように、現代の私たちの『こころ』が未来に伝わるような宇宙時代の芸術を残せれば」と村木はプロジェクトの狙いを話した。
2023年1月に打ち上げられた「EYE」で杉本が撮影した写真を用いた作品が、宇宙から地球をとらえた「宙景」シリーズ。自作「海景」を本歌とする同シリーズは、画面半分を大気が占める構図は同じながら地球の海が湾曲して写っている。
トークでは、村木が月面探査の最新動向や月が地球の生物進化と人類の発展に果たした役割も説明し、近年加速する宇宙での民間活動に話は広がった。身近になった個人の宇宙旅行、月面資源開発を目指す日本のスタートアップ企業、今年行われた美術家ジェフ・クーンズによる彫刻125点の月面設置……。刺激的なトピックスが紹介され、参加者は熱心に耳を傾けていた。
人類と宇宙の悠久の歴史を想う
夕刻が迫り、一行は海に面した「古代ローマ円形劇場写し観客席」へ。イタリアのフェレント古代ローマ円形劇場跡を忠実に再現したここから満月を鑑賞するという趣向だ。観客席の前には、カメラのレンズに使われる光学ガラスを敷き詰めた「光学硝子舞台」があり、夕焼けの光を受けて輝いている。
舞台上にロングドレスをまとったソプラノ歌手の田中彩子が登場し、月待ちのコンサートが始まった。ウィーン在住で声を転がすように歌うコロラトゥーラの使い手として国際的に活躍する田中は、ヘンデル作曲のアリアやドビュッシーの名曲「月の光」など4曲を披露。変幻自在の歌声が、たそがれゆく風景のなかに虫の声と共鳴するように玲瓏と響き渡り、観客は酔いしれた。
月待ちをしながら村木のトークが再び始まり、月の実体や太陽との関係、和歌や物語を通じ自身の思いを月に託してきた日本人の心の在り方など多彩な話題が飛び出した。村木によると、月の見え方は毎年微妙に変わり、今年は約18年ごとに訪れる「当たり年」だそうだ。徐々に周囲は紫色の夕闇に包まれ、月を待ち焦がれる気持ちが高まっていく。
いよいよ、月見のカウントダウンタイム。この日の月の出の予想時刻は17時53分だが、水平線に現れた雲にしばし隠れてなかなか見えない。シャンパンが注がれたグラスを手に参加者が見守るなか、数分後にようやく満月が切れた雲の間から姿を現した。静かな歓声が広がり、神秘的な美しさに皆しばし見入っていた。
村木は「杉本さんが『海景』に思いを込めたように、海も月も人類が変わらず見つめてきた景色と考えると感動もひとしおだ」と嘆息。江之浦測候所によると、これほど水平線から昇る月が綺麗に見えるのは久しぶりだそう。
参加者は、輝く月と江之浦測候所の夜の姿を心ゆくまで味わい、今日の体験の余韻に浸りながらグラスを傾けた。月見の宴は、100メートルギャラリーに会場を移して続き、洒落たフィンガーフードとドリンク、会話を楽しんでから帰路に着いた。
人類と宇宙の距離、アートの起源、日本の美意識……。どれも普段はあまり意識しないが、私たちの人生の羅針盤になり得る大きなテーマだ。そのなかに半日たっぷりと浸り、思考と感性をリフレッシュできた会員のみが味わうことのできる「満月の会」となった。
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杉本博司が建築家・榊田倫之とともに設立した「新素材研究所」が手掛けた会員制のプレミアムラウンジ。 古様な素材を現代的に解釈し、日本の伝統的な作法を緻密に取り入れた空間で、様々なおもてなしが受けられます。
[CREDIT]美術手帖編集部