Nature's Blessings 森の恵みを菓子に包む
恵那栗工房 良平堂
パティスリー GIN NO MORI
Food
宝石箱のように詰められた、どんぐり粉のクッキー
恵那の名勝、恵那峡はダム建設とともに生まれた人造湖だ。人造湖とはいえ、春は桜、秋は紅葉、そして冬は雪景色に染まる姿は、恵那の豊かな自然を伝えるものとして愛されている。その恵那峡に向かう道の途中、さまざまな木々で彩られた美しい森が人々を誘う。それが、カフェ、レストラン、パティスリー、ショップなどが集う食の施設「恵那 銀の森」(以下、銀の森)だ。園内のパティスリーで販売される焼き菓子缶“プティボワ”で、その名を知る人も少なくはないだろう。
カフェやパティスリーを併設する「恵那 銀の森」は、木々が芽吹く森とともにある。
フランス語で「小さな森」を意味する“プティボワ”には、森の恵みを活かして一枚ずつ手作りされた焼き菓子が詰め込まれている。缶のサイズは3種類、それぞれに14種類、19種類、22種類のクッキーが並ぶ。植物とカトラリーをモチーフにした缶にぎっしりと菓子が詰まった姿は、森から届く宝石箱を思わせる。
GINZA SIX店でも一番人気の“プティボワ 150缶サイズ”¥3,240。/パティスリー GIN NO MORI (B2F)
今秋から季節限定カラーのクッキー缶が登場。
“プティボワ”が生まれた経緯を、「森の恵みを詰め込んだ製品を生み出そうとの思いから始まりました」と話すのが、銀の森で広報を務める田中美穂さんだ。1970年に創業した銀の森は豆腐店から歩みを始めた。やがて冷凍おせちの製造で成長し、2011年より製菓に取り組みはじめる。創業者が森と木々を愛することから、その恵みを届けるものづくりを目指そうと菓子作りに着目したという。そうした背景から、“プティボワ”の焼き菓子には国産のどんぐり粉が使われる。
森の恵みを手がかりに、どんぐり粉に行き着くまで2年の歳月を要した。ひとくちにどんぐりといっても種類はさまざまだ。どんぐりとは広義に、クリやブナなど一部の樹種を除くブナ科の果実を指す。樹種によって形状も違い、私たちがどんぐりと聞いて思い浮かべるマテバシイの実こそ、銀の森で使われるどんぐりだ。そこに至るまで、数あるどんぐりの種類から風味を検証したという。
マテバシイのどんぐりには苦みがあり、クッキーにするのはポロポロと崩れやすく、試作に苦労も多かった。結果、その特徴を活かして口の中でほどけるような柔らかい歯触りを実現できた。木々から落ちたばかりのどんぐりを拾い、フライパンで炒め、実を割り、粉に挽く。マテバシイの実は2年をかけて大きくなるため、最初の年はどんぐりがならずに慌てたこともあったと田中さんは振り返る。
例えばどんぐり粉とヘーゼルナッツを使った絞り出しのクッキー「グラン」は、さくっとした食感が魅力だ。スティック状のクッキー「アメール」もほろほろとした食感でどんぐり粉の苦みが利き、大人の味を思わせる。一つひとつに特徴があり、どんぐり粉の他にも、クルミ、ヘーゼルナッツ、レーズンなどのドライフルーツ、木苺、山椒、山査子、クマ笹、黒胡椒、木の実などの素材の味を活かしたクッキーの数々は、見た目も味も多彩だ。
またこれらのクッキーが間仕切りを設けずにぎっしりと詰め込まれた缶には、銀の森のおせちの技術が活かされている。
美しくクッキーを詰めるにはコツがいる。
パティシエが何度も詰め込んだがうまくいかず、最後は銀の森でおせちを担当する料理長自らが焼き菓子を詰めることで、現在の詰め方に至ったという。
個性豊かに幅広い食感を楽しめるよう、なかには極めて薄いクッキーもある。贈答菓子として人気も高いことから“”プティボワ”は送付も多く、缶を開けた時の驚きとよろこびを大切にしたいと割れないように工夫も重ねてきた。銀の森が重ねてきたさまざまなノウハウが詰められた菓子缶なのだ。
しかし彼らの考える森とはどのようなものなのか。田中さんは「GINZA SIX店もそうですが、どこにもない森をイメージして青い森になりました」という。
「恵那 銀の森」内の「パティスリー GIN NO MORI」。
恵那という、森と人が近く、自然のよろこびをよく知る土地に生まれ育ったからこそ、この菓子の物語が生まれ、育まれた。
この“プティボワ”に難点があるとするならば、一度口にすると止まらなくなるおいしさにある。素材の風味が豊かで、個々に違う味をもつクッキーだから、つい次へ次へと手が伸びてしまう。リピーターが多いというのも頷ける話だ。目に美しく、口においしい。コロナ禍のなかで“プティボワ”が届き、心が躍ったという手紙も寄せられたと田中さんはうれしそうに語る。森を知る人々から届けられたよろこびの菓子缶。その魅力は、つい他の誰かに伝えたくなってしまう。
ドライフルーツやナッツを使ったパウンドケーキも人気。こちらは焼成前の“キャラメルオレンジ”。
Text: Yoshinao Yamada
Photos: Kohei Yamamoto
Editing Direction: Yuka Okada(81)