WELCOME INTERVIEWS
日本の合繊産地・北陸石川県から世界へ発信
干場義雅 Yoshimasa Hoshiba
Creative Director of K-3B
デザインは極力しないと言い切る異色の才能
実家は東京の下町で3代続いたテーラー。物心ついたころから父親の仕事場が遊び場だった。思春期には、堅苦しいと感じたスーツへの反発心もあり、アメカジや渋カジといったストリートスタイルに傾倒したが、ファッションへの情熱は高まる一方だった。高校卒業後、本場の洋服に触れたいとの思いからセレクトショップでアルバイトを始め、ファッション誌の読者モデルとしても活躍。その後、編集者に転身することになったが、今では多くのメディアで目にするファッションディレクター干場義雅さんのキャリアは、意外にも見習いからのスタートだった。
〈ケースリービーを擁するカジグループの繊維事業は糸加工から製品に至るまでの行程を一貫で行えるのが特徴。日本の繊維産地の多くが生産拠点を海外に移すなか、創業の地・石川県で「MADE IN JAPAN」の品質を守り続けているのも、干場さんが協業を決めた理由だった。〉
「試用期間を経て最初に入社した出版社では、とにかく無我夢中。野心はあっても何もできない自分がいました。転機になったのは、23歳で移籍したインターナショナル誌で初めて体験した海外取材。今まで感じたことのない世界と向き合い、視界が大きく開けたような気がしました」
以来、毎年のようにイタリアやフランス、イギリス、スイスといった国に足を運び、クラシックの重鎮からモードの旗手まで、様々な人物に濃密な取材を行った。その一方で国内にも目を向け、多彩なジャンルにおける一流を五感で理解しようと努めてきた経験が、幼いころから育まれた審美眼に磨きをかけ、豊かな感受性を養うことに繋がっていく。
そんな干場さんが2020年の立ち上げからクリエイティブディレクターを務める「K-3B(ケースリービー)」は、合成繊維の生産地として知られる北陸地方の石川県を拠点にする合繊テキスタイルメーカー、カジグループを生産背景にもつブランドだ。
〈世界を舞台に戦うにはサステナブルであることは当然という考えから国際認証「グローバル・リサイクルド・スタンダード(GRS)」を取得。残糸を回収して糸に戻す取り組みなども積極的に行っている。〉
同グループは長繊維(フィラメント糸)織物の分野において世界屈指の評価を得ており、全体の生産量に占める輸出の割合は8割以上。海外のトップメゾンや大手スポーツブランドからの信頼が厚く、付加価値の高い機能素材を求めて世界中から問い合わせが殺到する。
〈今回の取材はカジグループの織物製造を担う会社「カジレーネ」で実施。干場さんがここを訪ねるのは10回以上。最新鋭の大型機械が並ぶ様子は圧巻のひと言だ。〉
「それでも一般的な知名度は決して高くありません。ヨーロッパでは優れた工房・工場が母体のブランドが多いのに、日本では構造的な問題からか、そういうブランドが生まれにくい。でも、これからは工場が黒子のままでは生き残るのが難しい時代です。日本の繊維産業を守るためにも世界に通用するファクトリーブランドが必要だと思ったんです」
カジグループとの出合いは、自身が編集長を務める講談社ウェブマガジン『FORZA STYLE(フォルツァスタイル)』での取材が最初。しかし、親交を深めるうちに彼らの哲学や思想にも惹かれていった。立場は違っても日本の技術や品質を多くの人に知ってほしいという思いは一緒。それがケースリービーとして結実するのには時間がかからなかった。
〈石川県は古くから絹織物業で栄え、1920年代にレーヨンの登場に伴い人絹織物に、戦後は合繊長繊維織物へ転換し、世界的な産地に躍進。北陸地方では降水量が多く湿潤なため、静電気が起きにくいことも繊維業が発展するきっかけになった。〉
「まずは素材の素晴らしさを知ってもらうために、誰が見てもかっこいいと思える製品をつくることが大事でした。それに多忙を極める現代人はコーディネートに悩む時間も惜しいという人が少なくありません。そこで最初に思いついたのが何をどう組み合わせても成立する超合理的なセットアップというコンセプト。色は何にでも合わせやすい黒を中心にしています」
〈ケースリービーではアイテムごとのナンバリングにより、シーンや用途に応じて瞬時にコーディネートできる仕掛けも。たとえば、トップス1型に対して、ボトムスは数型から自由な組み合わせが可能。3桁の数字の下1桁の数字が小さいほうがカジュアル、大きくなるとフォーマルといったように直感的に選ぶことができる。写真のキャンペーンビジュアルの数字では、こうしたギミックを示唆している。〉
素材のほとんどはオリジナルで開発。軽量で耐久性があり、動きやすく快適なストレッチ性や雨にも強い撥水性など、合繊の強みを最大限まで引き出した機能性を追求した。
期待されているのは発信力だけではない。洋服が溢れ返る世の中で、本当に求められるメッセージを干場さんなりに咀嚼し、再定義した先に彼にしか生み出せない世界がある。
「ケースリービーでは極力デザインをしないように心がけています。料理と同じで、素材がよければなるべく手をかけないでいいというのが僕の持論。自分自身、普通に見える洋服が好きなこともありますが、どんな人でも似合うことやコーディネートで自分らしさが出せることが、僕にとっては大切なんです。デザインに凝った洋服は、その人の人間性が見えなくなってしまうような気がしてちょっと苦手なもので」
シンプルがゆえ、シーズンやジェンダーの壁を超えた使い方も可能。さらに、自らの実体験に基づいた着る側に立った提案も、コロナ禍のなかEC限定でスタートしたにもかかわらず、大きな反響を呼んだ理由だろう。
〈左:ジャケット「001_D」 46,200円・パンツ「118_D」 24,200円/中:ブルゾン「071_A_AG」 57,200円・パンツ「115_G」 22,000円/右:ジャケット001_D 46,200円・パンツ「125_D」 24,200円〉
この春はケースリービーのコンセプトを受け継ぐアスリート向けの「K-3b ZERO(ケースリービー ゼロ)」を新たに開発。3月2日にオープンしたGINZA SIX店で初のお披露目となる。
「いくらECが進化しても、実際に見て、触って、着てみた感動は実店舗でなければ味わえません。僕も今回の新ラインを着てゴルフをしてみましたが、どんな動きにもついてくる全方向ストレッチ素材の性能に驚きました。今後はバッグや小物類も含めたトータル展開を目指しながら、地域の人々にも愛されるブランドとして大事に育てていきたいと思います」
かつて取材で訪れたイタリアで、ある経営者が地域の人々が豊かに暮らせるように、働く人や職場周辺の環境にも気を配り、自然と調和した美しい街づくりに取り組んでいることを知った。そこでは誰もが誇りをもって働き、幸せそうな顔をしていた。
「未来をつくる若い世代のためにも、今自分ができることはすべてやりたい」と語る干場さん。ケースリービーを通じて、ファッションの力で北陸産地を盛り上げ、日本を活気づけるーー干場さんが思い描く夢は、まだ物語の序章にすぎない。
干場義雅
ファッションディレクター。1973年生まれ。東京都出身。男性誌『LEON』『OCEANS』などを経て、2019年に独立。テレビやラジオなど多方面で活躍し、著書も多数。2015年からウェブマガジン『FORZA STYLE』の編集長も担う。
IG: @yoshimasa_hoshiba
Text: Toshiaki Ishii
Photos: Ikuo Kubota(OWL)
Edit: Yuka Okada(81)