この街を、アート&クラフツを、次の世代と時代へ
GINZA SIXがともに歩む銀座の街に、新たな変化が起きている。2024年4月にリニューアルオープンしたTORAYA Ginza Building(虎屋銀座ビル)は、1〜3階に「BALENCIAGA」の銀座初の旗艦店、4階に「TORAYA GINZA」、5階に「銀座 黒田陶苑」、11〜12階にはフレンチのスターシェフ小林圭のレストラン「ESPRIT C. KEI GINZA」とクリスタルメゾンのSAINT-LOUISの名を冠したバー「ST LOUIS BAR by KEI」を据えた。さらに7月にこちらもリニューアルオープンした「銀座・和光」の地階、GINZA SIXが標榜するアートにおいて銀座にも多くの店がある陶芸を世界に花開かせる辻村史朗という芸術家——。それぞれの物語が世代と時代を超えて伝える未来、そして都市の姿とは?
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Building on Legacy
[ Toraya Ginza ]
写真/ テラスは羅漢槇と水盤が印象的。
次の世代へバトンを繋ぐ
老舗・虎屋が描く新たな景色
「TORAYA GINZA」の店内へ足を踏み入れば、ほのかに甘く香ばしい匂い。正体はどら焼きであった。職人によって銅板で1枚ずつ手焼きされていく技を眼前にするカウンター席。虎屋18代・黒川光晴社長のこだわりが光る空間である。実はこの焼き菓子(「焼きたて 夜半の月」)、フランスのパリ店で初めて販売された経緯が。「虎屋の500年の歴史にはなかったどら焼きをその場で焼いて提供することに、最初は葛藤もありました。虎屋には江戸時代の記録にも残る『残月』という少し硬めの生地で餡を挟んだ焼き菓子があり、その製法を大切にしてきました。しかし、パリのお客様に和菓子の魅力を知ってもらうために、パリ店オリジナルのどら焼きを開発。海外の方なども多くいらっしゃる銀座に位置するTORAYA GINZAでも、和菓子の魅力を発信し、ここならではの上質な体験をしていただきたいという思いから、お客様の目の前でお作りする“焼きたて”のどら焼きを販売することにしました」と光晴社長は語る。
写真/ 1枚目. 4名限定のカウンター席と個室に関しては、ネット予約サービスを初導入。 2枚目.TORAYA GINZA限定「焼きたて 夜半の月」(¥1,958)。 3枚目.カウンター席では職人との会話も。銀座中央通りに「とらや 銀座店」が開店したのは1947年のこと。2020年にビルの建て替えのため休業に入り、2024年4月、TORAYA GINZAとして生まれ変わった。だが中央通り沿いにはBALENCIAGAのストアが迎えるのみ。とらやの入り口はその目抜き通りから1本入ったすずらん通りへ回り、エレベーターで4階へ上がるのだ。
「時代とともにさまざまなことが劇変し、新聞やテレビといったマスメディアからSNSで情報を得るのが主流となりました。そこで、きちんと良い店づくりができれば、大通りになくとも店を求めるお客様が足を運んでくださると強く感じていました」という光晴社長の言葉に裏打ちされるように、店内には冒頭で記したカウンター席のほか、個室、シンボリックな槇の木がモダンな和の景色を描くテラス席などがある。さらにテラスから5階に通じる階段の先には秘密の空間(一般非公開)も。5階に店を構えるのが「銀座 黒田陶苑」で、「今後、共同でのイベントも企画していきたい」と光晴社長。4階と5階が緩やかに繋がる空間が象徴するように、1〜3階のBALENCIAGAから最上階の小林圭シェフが手がけるバーまで光晴社長を中心に結束し、銀座の街に新たな風を吹き込む。ただ、本人は「私の力ではなく、長い歴史を紡いできた虎屋の力」とあくまで謙虚である。
写真/ 中央通りの虎屋銀座ビル外観
「資本主義社会ではビジネス中心的な考えのもと、瞬間風速のインパクトや数値に注目が集まりがちです。しかし、次の世代へより良いかたちでバトンを繋ぐためには100年続く店づくりが重要。老舗も新しい店も混在し、国内外の人々が交わる銀座の街において、能楽堂や現代アートのキュレーションが光るフロアを持つGINZA SIXは象徴的だと感じます。TORAYA GINZAでも、より自由な菓子を生み出すことを探求しながらこの街に店を構える意味を問い続けていきたいです」
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– Info –
室町時代後期の京都で創業した虎屋。1869年に東京遷都にともない天皇に供して東京へも進出し、1947年、銀座中央通りに「とらや 銀座」をオープン。今年4月、ビルの建て替えとともに同ビル4階に「TORAYA GINZA」としてリニューアルオープン。内装設計は建築家・内藤廣が担当。@toraya.confectionery
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Mitsuharu Kurokawa
黒川光晴/1985年東京都生まれ。2008年バブソン大学経営学部卒業後、虎屋入社。東京工場で菓子製造、とらや パリ店勤務、他社での貿易関連業務などを経て、2020年、虎屋代表取締役社長に就任。
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An Invitation into the Extraordinary
[ Ginza Kuroda Touen ]
写真/ 入り口すぐの常設展示コーナー。
漆黒の闇で体験する非日常
陶磁の枠を超えたアートの世界へ
1935年、東京・日本橋で創業した黒田陶苑。北大路魯山人の陶磁器作品の専売店として始まり、当初から画家や書家、文化人らと協働した展覧会を企画するなど、産業工芸の枠を超えて陶磁を芸術分野へと切り拓いてきた。1958年に銀座へ移転し、「とらや 銀座」とは隣に軒を連ねる関係に。このたび虎屋銀座ビルの建て替えにともない、その5階に本店をリニューアルオープンしたという背景がある。日々、3代目店主の長女として店のさまざまな業務を行い、リニューアルに大きく携わった黒田瑠美さんに話を聞いた。
「建て替えにあたり、虎屋社長の黒川光晴さんやシェフの小林圭さんと話し合いを重ねましたが、次世代を担う者として共感できることが多く、足並みが揃ったのはすごく自然な流れでした。伝統に学びながらも、見たことのないものを生み出す場所にしたいという決意で通じ合うことができたのだと思います。銀座を訪れる人は本当に感度が高い方ばかりですから、同じ建物に入る店として中途半端な空間は作れないという気負いもありました」
写真/ 1枚目.銀座 黒田陶苑にて、黒田瑠美さん。 2枚目. 縦繁障子が美しく店に映える。 3枚目.応接室に飾られた北大路魯山人のまな板皿。中途半端ではない空間とは——店内に足を踏み入れると、その疑問はすぐに解けた。漆黒の闇へと誘われ、黒い絨毯を踏めば心地よく足音が吸い込まれていく静けさ。床、天井、壁を黒色に包まれた中に神秘的に照らし出されているのは、北大路魯山人や富本憲吉、河井寛次郎など巨匠による貴重な陶磁器の数々だ。
「作品との親密な距離を楽しんでもらうため、街の喧騒から切り離され、日常を忘れるような空間を作りたいと考えたんです」と瑠美さん。魯山人らの作品がある空間は常設展であるというから贅沢の極みだが、奥へ進むと現代作家を中心とした企画展を催す開けたスペースがあり、週替わりであることにさらに驚く。それは、常に新たなものを見てもらいたいという、創業時から今日まで受け継がれてきた“先駆けの心”に他ならない。「店はお客様とのコミュニケーションの場でもあります。何より私自身が会話をすることが楽しみなんです」と、常に新しいアイデアを得るために、学生をはじめ若手のつくり手にも積極的に会う。店の門戸を開き、作家とともに成長することがより良い店づくりに活かされるのだ。
写真/ 立礼卓の材は神代杉、椅子の座面には馬の毛が用いられている。アフガニスタン産のヴィンテージカーペットと融合し、現代的に表現した一角は、会話を楽しむ場でもある。「幻夢」の絵は画家・須田剋太の作品。花瓶は鯉江良二の作。
「近年は、SNSで器のコレクションを発信する方々の影響もあり、海外のお客様や若い世代が多く訪れてくださるのはとてもうれしいこと。一方で同じことを繰り返していてはだめだという危機感も持っています。時代に合った見せ方で心をつかむ必要がある」と、4月に階下のBALENCIAGAがオープンした際に販売した茶碗を銀座 黒田陶苑が監修し、瞬く間に完売したことも大きな話題となった。
「アートや文学、音楽、ファッションといった文化が横断的に影響し合っているように、やきものだけを勉強していても知見は広がりません。これからの銀座を見据え、ときには街の外に出てさまざまなものや人々に出会うことを大事にしていきたいです」
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– Info –
虎屋銀座ビル5階の「銀座 黒田陶苑」は1935年創業。日本の現代陶芸作品や古陶磁を扱う。店の空間設計はTORAYA GINZA同様、内藤廣が担当。今秋は村田森(9月21日〜26日)、大藏達雄(9月28日〜10月3日)らの個展を開催。@ginza_kurodatouen
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Rumi Kuroda
黒田瑠美/1992年神奈川県生まれ。ロンドン大学ロイヤルホロウェイ校を卒業後、2015年に銀座 黒田陶苑に入社。父である3代目店主・黒田佳雄のサポートをしながら、日々やきものの魅力を発信。
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The View is Crystal Clear
[ ST LOUIS BAR by KEI ]
写真/ テラスの半個室では、シャンデリアを独占。
夜空に輝くサンルイのクリスタル
銀座の未来を屋上から望む
2011年、パリに「Restaurant KEI」を創業し、フランス版ミシュランガイドで5年連続3つ星を獲得し続けるフレンチのシェフ、小林圭さん。当時「とらや パリ店」に勤めていた虎屋の18代・黒川光晴社長が、店の開業準備に奮闘する小林さんの姿を目の当たりにして感銘を受けたことを機に親交を深め、2021年、Restaurant KEIと虎屋が共同で「Maison KEI」を静岡・御殿場にオープンした。
その頃、虎屋銀座ビルのリニューアルプロジェクトも進行中。「バーのアイデアは既にあったものの、銀座で店をやる意義は?と逡巡していました。世界のあらゆるジャンルのトップクオリティが揃うのが銀座の街。一方で、外資系の参入が顕著になったこの街で、日本人の力によってもう一度世界に発信できないかという思いが次第に強くなっていきました」と小林さん。
写真/ 1枚目. サンルイの工房を取り囲む森の樹々に着想を得た“フォリア”のフルートグラスは、幾何学かつ有機的なフォルムが特徴。キャビアと毛ガニを挟んだ最中の一品(¥6,500)と。 2枚目.キャンドルホルダーもすべてサンルイ。「Restaurant KEI =食事。つまり、一番大事なのは料理であって、そこを楽しめるバーであること」。さらに一流のバーが多く存在する銀座では、他にないユニークさも打ち出さねばならない。パリで自身の店を開いたとき、いかに空間全体の雰囲気を作り、温もりを与えることができるかと小林さんは考えた。その答えとしてシャンデリアを置きたいと、ものづくりをリスペクトしていたサンルイへ直々に依頼したという。
サンルイはヨーロッパ最古のクリスタルガラス工房である。今もフランスを拠点に職人がすべて手作業で製作し、使用する道具や技術は400年以上前からほぼ変わっていない。小林さんはその魅力を「直線的なカットが本当に素晴らしい。クラシックとは、もとはセンセーショナルなものであるということを忘れてはなりません。人々がハッとするような美しいものを生み出し、ずっと支えている人たちがいて、何百年経っても使う人が美しいと感じるのは凄いこと」と話す。
写真/ テラスの眺め。日本庭園はプラントハンター西畠清順が手がけた。「ビル街の中に別世界を感じられる空間を作りたかった」と小林さん。
そのようなサンルイとの縁もあり、虎屋銀座ビルの最上階に「ST LOUIS BAR by KEI」がオープンして5カ月ほどが経つ。だが小林さん曰く「まだ30点」と厳しい。「世界で唯一無二のサンルイのバーを、“KEI”というブランドとして作っていくことが重要。目先の利益ではなく、真のリュクスを作ることを長い目で捉えたい」と。今後は、さらに料理やデセールを充実させ、バーを進化させていく。サンルイのクリスタル製品を使ったイベントも企画したいと夢も膨らむ。
「僕は、サンルイのエスプリと言えるsavoir-faire(サヴォワールフェール)という言葉にとても惹かれます。簡潔に言えば“職人技”という意味ですが、職人だからこそ伝えることができる技や思想を大切にするということでもある。その精神は料理にも大きく通じることです。そして、虎屋や黒田陶苑のみなさんにも。そのように、ジャンルの異なる皆が共存していくこと自体が、虎屋銀座ビルの役割ではないか思うのです」
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– Info –
1586年創業の「サンルイ」と小林圭シェフによる「ST LOUIS BAR by KEI」は虎屋銀座ビル12階。そのグラスで提供されるドリンクとともに料理やデセールが楽しめる。11階の“美食の研究所”がコンセプトのレストラン「ESPRIT C. KEI GINZA」では自然の恵みを活かした独創的な料理をアラカルトで提供。@maisonkei
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Kei Kobayashi
小林圭/1977年長野県生まれ。「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」などを経て、2011年、パリに「Restaurant KEI」を開く。フレンチの伝統を独自の美意識で再解釈した世界観で高い評価を得ている。
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A Japanese Beacon Lighting the Way
[ Wako Main Store Basement Floor ]
本物の“和の光”に出合うときを巡る
銀座4丁目交差点の角地で圧倒的な存在感を放つ「銀座・和光」。現在私たちが目にするのは1932年に竣工したネオ・ルネッサンス様式の建物だ。その頭上高く、SEIKOの文字が記された時計塔が銀座のシンボルとして時を刻み続ける一方で、1階のショーウィンドウは、世界中のハイエンドが集結するこの街を映し出す窓とも言えるだろう。
2024年7月、和光の地階がリニューアルオープンした。「和光の前身、服部時計店が1932年に開店した当時、地階では当時珍しかった蓄音機やラジオなど、主に舶来品を紹介していたという記録が残っています。時代を反映した新たな商品を提案するフロアとして今日まで続いてきました」と話すのは、マーチャンダイザー(MD)を担う中原理恵さんだ。100年近く常に時代の一歩先を発信してきた和光が、今後100年続いていくために原点に立ち返り、今の時代を見つめ直すこと。それが今回のリニューアルへの思いであった。
写真/ 1枚目. フロア中央の回転什器は時計の時分針をイメージ。「時計台」と名付けられた。 2枚目.かみ添の便箋をはじめ店内には選りすぐりのクリエイターによるアイテムが。地階では、リニューアルのコンセプトとなった「時の舞台」を体現するように、什器の用途を持つ巨大な“時計”がフロアの中央に構える。長針と短針に見立てたそれぞれ5mを超える2枚の天板は、木目がユニークな霧島杉。他にも、床には京町家に使われていた敷石、壁には唐紙、珊瑚などが堆積してできる琉球トラバーチン(石灰岩)、赤みが特徴の秋田杉など、五感を刺激するさまざまな年代の素材が随所に用いられている。
この空間デザインを手がけたのが、杉本博司さんと榊田倫之さんが主宰する新素材研究所である。「舞台と回廊」が設計のテーマになっていると聞き、大きく頷ける。4本柱に囲まれた中心の“舞台”をぐるりと巡る回廊を歩きながら、選りすぐりの商品を楽しめる仕掛けになっているのだ。デザインにあたり、「西洋建築の外壁に岡山県産の万成石を使った和光の建物を踏襲し、日本的な意匠を細部まで追求した美しさを実現するために素材にこだわりました」と言う榊田さん。「和光を“和の光”として現代的に解釈し直したのです。地下鉄からアクセスできる地階の入り口には雑踏をあえて遮断するように床の間を設け、背筋が伸びるような神聖な空間を作りました。今、世界中で和風テイストを取り入れるブームがある中で、表面的ではない“和”とは何かを考え、芯まで無垢、すなわち本物であることを目指しました」と杉本さんが続ける。
写真/ 壁紙は京都の唐紙ブランドかみ添に依頼。「江之浦測候所」に展示している化石からモチーフを図案化。
地階は“アーツアンドカルチャー”とも名付けられ、クラフツマンシップを重んじる和光の審美眼によって選び抜かれた、Charlotte Chesnais、CFCL、T.T、かみ添などの現代のクリエイターによるアイテムや、江戸切子のグラスなど工芸品も並ぶ。「日本の伝統や技術、文化を未来へ繋ぐために、現代的な感性で表現する国内外の若い世代のつくり手の商品とお客様が出合うことで、銀座の街に新たな交流を生み出していきたい。日本的とは何かを常に問い直しながら、世界へ発信することが私たちの使命だと思っています」と和光MDの中原さんは言葉に力を込めた。
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– Info –
今年7月にリニューアルした和光本店の地階。伝統と革新が共鳴する文化の発信地として、第一線の現代アーティストの展示や、新進気鋭のデザイナーや職人が手がける製品を取り扱う催事も開催。BGMは電子音楽の制作から即興演奏まで幅広く活躍する音楽家・石橋英子による。@artsandculture_wako_ginzatokyo
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New Material Research Laboratory
新素材研究所/伝統的な技法や素材を研究する杉本博司(写真左)と榊田倫之が主宰する建築設計事務所。代表作に「江之浦測候所」。 GINZA SIXの「LOUNGE SIX」の空間も手がけている。
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Transcendent Ceramic Creations
[ Shiro Tsujimura and the World ]
写真/ Axel Vervoordt Gallery Hong Kongで今年5〜7月に開かれた辻村の粉引丸壺が並ぶ個展風景。
100年先の世界も虜にする
アートとしての陶芸を解き放つ
陶芸の領域に留まらず、その作品はアートとして海外からも注目を集める辻村史朗。77歳の陶芸家が生み出す大壺、酒器や花器などのやきものは、荒々しい躍動感と静けさを併せ持ち、それでいてどこか愛らしく、まるで天体の不思議を眺めるようである。
その創作を世界のコレクターへ発信してきたベルギー出身のギャラリストがいる。アクセル・ヴェルヴォールトさんだ。自身もアートコレクターであり、インテリアデザイナー、アンティークディーラー、キュレーターなど多岐にわたり活躍し、ひとつの枠ではとらえることのできない異彩を放つ人物である。アントワープと香港にある自身の名を冠したギャラリーは、戦後いち早く国際的に活躍した日本の前衛美術グループ「具体美術協会」を紹介してきたことで知られる。「日本は極めて重要なインスピレーションの源」と言い、彼の芸術観に深い影響を与えてきた。『Wabi-Sabi わびさびを読み解く』を著したレナード・コーレンとの交流や谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を通じて、輪郭のとらえがたい「侘び寂び」への理解を深めたのだそう。
写真/ 1枚目. ヴェルヴォールトさんお気に入りの茶碗のひとつ。 2枚目.辻村史朗は1947年奈良県生まれ。陶芸を軸に、抽象画や墨書などを自由に行き来し、作品はメトロポリタン美術館など世界の主要美術館にも収蔵。彼が辻村史朗に出会ったのは約20年前。奈良県の山中に佇む辻村の自宅兼工房を訪れた思い出を振り返る。「地面に置かれたたくさんの壺が蔓に覆われていた光景が鮮烈でした。朽ちた小屋のような茶室での茶会も忘れられません。奥様とともに準備してくれた夕食は、興味深い皿や鉢に盛り付けられ、非常に洗練されていると同時に素朴でもあり、自然と対話するような時間でした」。
ヴェルヴォールトさんの自邸には多くの辻村作品が飾られているが、「彼の伊賀焼や信楽焼の大きな花瓶がすごく好きで、自宅の庭で切った枝を背の高い花瓶に活けたりします。板皿にはちょっとした料理を盛るだけで、特別なひと皿にしてくれるんですよ」と、日常の中で使うことを楽しむ。
写真/ アントワープにある12世紀建築のグラフェンウェーゼル城がヴェルヴォールトさんの自邸。
「辻村さんの自由奔放で自信に満ちた感性は、他の現代陶芸家と一線を画します。即興性とダイナミズムに基づくその芸術は、身体的かつ精神的な実践と言えるでしょう。土と火の力に生命を見出だす彼の情熱は時代を超越するものです。言い換えれば、常に現代的で普遍的だということ。人々が本質に立ち戻り、自然をリスペクトし、純粋さを求めるこの時代において、普遍的なアプローチはより重要になっています。近年、私たちのギャラリーで開かれる辻村さんの個展を訪れる人々に若い世代が増えているのは、辻村作品のクリエーティブなエネルギーが世代と時代を超えて感動をもたらすことの証ではないでしょうか」
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Axel Vervoordt
アクセル・ヴェルヴォールト/1947年ベルギー生まれ。1969年に創設したアクセル・ヴェルヴォールト社では、アート作品やアンティークの取引、ギャラリー運営、インテリアデザイン、不動産など、空間にまつわる事業を行う。@axelvervoordt
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– Column –
Where to Find Tsujimura’s Work
銀座で見つけた辻村史朗作品
GINZA SIXから徒歩で3分ほど、銀座並木通り沿いのビル5階にある「グラッポロ銀座」は、オーナーシェフ・三浦仁さんが腕を振るうイタリア・エミリア=ロマーニャ地方の郷土料理の店。カウンターを中心に複数の個室があり、こなれたワインと、厳選食材にこだわった気取りのないイタリアンをあえて和食器で提供する。「辻村史朗さんが東京に来る際、『今日はこれを持ってきたよ』と器をお土産に立ち寄ってくれるんです」と三浦シェフ。「彼の器は型にはまっていない。それでいて優しさを感じるんです。赤ワインを茶碗で楽しむことを教えてくれたのは辻村さんなんですよ」。一人でもふらっと気楽に立ち寄れる日常的に通いたくなる店だ。知る人ぞ知る街のエピソードに出合えるかもしれない。
写真/ 1. 赤ワインを注いだ粉引茶碗と「6丁目のボロネーゼ」を角皿に。ちなみに辻村作の器は作家本人専用。 2.辻村直筆の暖簾。 3.イタリアで手打ちパスタを学び、東京・白金台でも人気店を営んできた三浦シェフ。その味のファンも多い。www.grappolo.jp
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*掲載内容は9/2(月)時点の情報です。
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Editor in Chief: Yuka Okada (81)
Edit: Eisuke Onda
Photos: Go Itami(except Shiro Tsujimura and the World)
Text: Shiho Nakamura
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