GINZA SIX EDITORS
ファッション、ジュエリー&ウォッチ、ライフスタイル、ビューティ、フード…。各ジャンルに精通する個性豊かなエディターたちが、GINZA SIXをぶらぶらと歩いて見つけた楽しみ方を綴ります。
「手紙」や「乗り物」のように。遠くの国の人と対話できるもの Like a Postcard or Magic Carpet: Talking to People from Far-Off Lands
野村 由芽 編集者
自由に外に出ることがままならなくなった2020年の3月頃から、海外の作り手から服を取り寄せることが増えた。夜な夜な(たいてい、「もう服でも買って元気出そ」となるのは深夜なのだ)Instagramをスクロールしては、インディペンデントで素晴らしい服を作る人たちを探したり、海外のセレクトショップのECサイトを巡回したり。前々からしょっちゅう海外に行っていたわけではないのだけれど、それでも「外に出られない、出てはいけない」というプレッシャーまじりの閉塞感から、遠い場所に暮らす人々の生き方を少しでも濃く感じたくなったし、その人たちが見ている風景に触れたくなった。その思いは日ごとに募り、とりつかれたように服を買って、労働のお金はほぼ服に消えた。だけどあの行為は、わたしが生き延びるためにたしかに必要だったのだと思う。
海をこえて届いた服たちには「Thank you for your big support♡」といった手書きのメッセージカードが添えられていることが多かった。作っている人の体温がじんわり伝わり、握手しているような気にも、ハグしているような気にもなったものだ。服をまとえばおのずと未知の作り手の人柄が思われたし、暮らす街に少しだけ足を踏み入れられた気がして、服は、手紙のようにも、乗り物のようにも姿を変えた。
服には、暑さや寒さから身を守ってくれる機能的な面と、アイデンティティや立場を表現する社会的な面が存在する。そしてもうひとつ、あると思う。終わりの見えないこの状況と向き合いながら、それでもなんとか楽しく生きていきたいと願うひとりの人間としてわたしは、服とは人と人をつなぐものでもあると信じたい。そんな気持ちをたずさえながら、今回の企画では、遠くの国の人々や文化、流れる時間に思いを馳せられるGINZA SIXのお店を巡ってみた。
まず、南米パタゴニアにルーツを持つジュリアン・ベデル氏が、アルゼンチンのブエノスアイレスで創業したフレグランスブランド「FUEGUIA 1833 Ginza(フエギア イチハチサンサン ギンザ)」(3F)。ブエノスアイレスと聞いて浮かぶのは、レスリー・チャンとトニー・レオンが恋人役を演じたウォン・カーウァイ監督の映画『ブエノスアイレス』。神秘をたたえた雄大なイグアスの滝や、土地に根付くタンゴバーの音色を思い出してうっとりしていたら、どうやらジュリアンは建築家や詩人などを擁する芸術一家の生まれで、本人は弦楽器製作者としても活躍していたそう。映画が思い浮かんだのもなにかの……まさかジュリアンの……?導きなのかもしれない。
そんなジュリアンがなぜいきなりフレグランスの世界に転身したのか気になるところだが、この日、アテンドしてくださったスタッフの方曰く、彼には「世界には本物が欠けている」という思いがあったらしい。人口香料をまったく使用せず、1つのフレグランスにつき100種類もの植物を自ら調香し、アルゼンチンの歴史や芸術、音楽、自然などのインスピレーションを縦横無尽に編み上げるサステナブルで創造的なフレグランス作りに行き着いたその行動力にあやかりたいなと思った。
店頭に整然とディスプレイされているパフュームコレクションは現在99種類、全てサイズも3種が用意されていて、ひとつひとつの名前が本当に素敵だった。例えば叙景的かつロマンを駆り立てられるネーミングが印象的な「VALLE DE LA LUNA(月の谷)」(23,100円/30ml ※以下全て税込価格)は、アルゼンチン・ボリビア・チリに実在する地名に由来する(ちなみにこのフレグランスは、アイリスの根を切って完全暗所で3年間保管した、非常に高価な原料を使用して生まれたもの。人工的なアイリスを使用するブランドは多々あるが、ジュリアンは「アイリスの美しさは、ほかの原料と合わせたときにアイリス以外の香りを素晴らしく表現できることにある」とナチュラルなアイリスにこだわっているのだとか)。ほかにも、「ELOGIO DE LA SOMBRA(闇を讃える)」(18,700円/30ml)、「DUNAS DE UN CUERPO(肉体の砂丘)」(19,800円/30ml)といった人間の内省や欲望を感じさせるものなど、どのネーミングも俳句に用いられる「二物衝撃」のように、出会うはずのなかったもの同士が結びつくことで成立する魔法の世界が浮かび上がる。なにより、「ジュリアン、楽しんで名づけたんだろうな」と受け取る側もわくわくしながら、自分はどの物語に身を投じたいだろう?と、フレグランスを新しい視点で選ぶことができるのは発見だった。
GINZA SIX店で先行発売されていた倒木の木箱に入った「Le Cave Vintage」(各50,000円代〜)もすごかった。通常アルコールを使っているフレグランスはいつか香りが飛んでしまうものだけれど、このヴィンテージパルファンのコレクションは、蒸留の手法を取り入れることで「孫の代までも」香りが持続する。それを聞いて、自分の大切な誰かがいなくなっても、あるいは自分がこの世界から去ってしまっても、その人が愛した香りが永遠に残るとしたら、それはなんて心強いことなんだろう、と想像したりした。「FUEGUIA 1833」には、そういう力がある。ジュリアンが作った世界を受け取ると、自らの記憶に潜り、忘れかけていた大事なことを思い出して、少し泣きたくなってしまう。
店内には、日本にも縁の深い故シャルロット・ペリアン氏がデザインしたジュリアンお気に入りの低い座面の椅子があるかと思えば、日本の茶室や柱のモチーフが各所にちりばめられ、ほのぐらい照明は香りに集中するための工夫のたまものだ。それらの演出がいやみなく効いた親密で居心地のよい空間は、懐かしい自分を思い出し、新たな世界へと冒険することを手助けする。そんな多層的で幸せな時空間が存在していた。
次は、イタリアのフィレンツェに移動してみる。1921年にグッチオ・グッチが創設し、2015年にアレッサンドロ・ミケーレ氏がクリエイティブ・ディレクターに就任したことでも話題になった「GUCCI(グッチ)」。その時計とジュエリーの専門店が「GUCCI Watch & Jewelry(グッチ ウォッチ & ジュエリー)」(2F)だ。
GINZA SIXの店舗はこの春オープンしたばかりだそうで、2019年にパリ・ヴァンドーム広場にオープンしたジュエリーのショップをイメージした最新のつくりになっている。
GUCCIといえば、創設者のイニシャルを用いたダブルGロゴの印象が強いけれど、それ以外にもブランドにインスピレーションを与えた場所を紹介する「Gucci Places」として中目黒のカセットテープ専門店「waltz」をセレクトしたり、映像作家のペトラ・コリンズとのコラボレーションで、ハンガリーをルーツにする作家が少女時代に過ごした農村での日常の風景が幻想的な夢の世界へとつらなっていく映像作品を発表したりなど、独自の個性を持つショップやアーティストとの取り組みに個人的に惹かれていたこともあり、今回訪れてみることに。
とはいえ、わたしはファッションジュエリーへの好奇心はまだ目覚めのとき。煌めく店内に足を踏み入れ、ほぼすべての商品がショーケースに大切に格納されている様子を見て、「自分で来たいとは言ったものの……」とはじめはちょっぴり緊張した。だけどケースをよくよくのぞきこんでみると、あれ。つっこみどころがあるというか、チャーミングで大胆なデザインをあしらったものも多い。ライオンヘッドと呼ばれる獅子のモチーフ。ダイヤモンドの目を持った、「ふふん」と満足そうな表情の猫。小さなハートやダイヤの模様が文字盤にちりばめられたトランプみたいな時計。親しみやすくも、繊細な煌めきを放つ宝物。
わたしは猫を飼っているのだけれど、それを知ったお店のスタッフの方が「お好きなんじゃないですか?」と提案してくれたのは、表側がオニキスのジェムストーンで裏側に立体の猫が隠れているキャットヘッドの指輪(249,700円)。
「猫をかぶる」の逆じゃん……!と衝撃を受け、思わず「猫をかぶる」はイタリア語でなんていうんだろう?と自分なりに調べたら、"fare la gatta morta"(死んだメス猫のふりをする)が近いみたい。イタリア語が詳しい人に語源を聞いてみたいと思った。
ちなみに時計のコレクションにもフェイスに猫をあしらったデザイン(125,400円)があって、人気があるという「グリップ」シリーズではカタカナで「グッチ」とある日本限定のもの(253,000円)も。
「年を重ねたイタリアの女性が、シミやしわがある首に個性的なファインジュエリーをつけている姿はすごくかっこいい」といつか先輩の編集者が言っていたのが印象に残っていて、帰ってからGUCCIについて調べてみると、ミケーレの祖母もジュエリーのコレクターだったそう。いつかわたしも今よりもっと年を重ねた日に、GUCCIを堂々と身につけてフィレンツェやパリや世界中の街を歩いてみたいと思った。
最後に訪れたのは1914年にジャン・パトゥ氏が自らの名を冠してパリで創業し、2018年9月に「パトゥ」に改名、ギョーム・アンリ氏をアーティスティック・ディレクターとして迎え入れた新生「Patou(パトゥ)」(3F)。
創業当時は、コルセットのないドレスや丈の短いスカート、街中で着用できるスポーツラインなど、制約の多い衣服から女性を解き放つことを掲げ、古い慣習を打破したいと願う女性の味方となっていたブランドだったそうで、背骨が通っていながらも自由の風を感じるGINZA SIXの店は、この春、世界最大規模の売り場面積を誇る店舗としてオープンした。
繊細で洗練されたレース、ロマンティックで爽やかなマリンルック、真実の口のモチーフがついたバッグ。勢揃いしたPatouの服やアクセサリーたちを前に「叶うならば、これ、全部欲しいです……」と脳がふわふわしながらマキシ丈の赤い小花柄のコットンポプリン製のマキシドレス(126,500円)を試着することに。軽い!着崩れない!スカートをつまんでくるりと一回転したくなるぐらい気分があがる!というときめきスイッチが何度もおされてしまったし、パリを拠点に活動した映画監督のアニエス・ヴァルダの作品に登場しそうな「フリルストラップ セーラーハット」(49,500円)は、現代ではあまり見ない形だけれど、思わず手がのびてしまい、かぶったとたんにおかしみと美しさの絶妙な塩梅が快感でにこにこしてしまった。
ブランドを引き継いだギョームが、「日常の中の非日常」や「取るに足らない何か」といった要素を愛しているというのも納得。背筋を伸ばしてくれるエレガントな佇まいでありながら、まるで空想や夢からアイデアを拝借したみたいに不思議な魅力がつまったアイテムたちは、大人が夢を見ることへと梯子を架け、そこに行き着いた人々を歓迎してくれる包容力がある。
どんなふうに、どういう理由で服を着るかは、ひとりひとりの自由だ。そんな中でわたしは、ともすれば世界との接点が失われた環境に慣れてしまいそうな今、それでも遠くや近くにたしかに生きる他者との対話を制限されたわけではないのだと自分をふるいたたせたい。服をまといながら、その先にあるものと対話していきたいと思っている。
Text: Yume Nomura(me and you) Photo: Mariko Kobayashi Edit: Yuka Okada(81)
GINZA SIX EDITORS Vol.109
野村 由芽
1986年生まれ。編集者/文章を書く。広告会社に勤めたのち、2012年CINRA入社。 カルチャーメディア“CINRA.NET”の編集、企画、営業を経て、2017年に同僚の竹中万季と共「自分らしく生きる女性を祝福するライフ&カルチャーコミュニティ“She is”」を立ち上げ、編集長を務める。2021年4月にCINRAを退職し、同月、竹中万季と共に株式会社ミーアンドユー(me and you, inc.)を立ち上げ、取締役に就任。 個人と個人の対話を出発点に、遠くの誰かにまで想像や語りを広げる活動を行う。 Twitter: @ymue Instagram : @ymueInstagram GINZASIX_OFFICIALにて配信中