4 Perspectives on the Future of Fine Living
モダンラグジュアリーを再定義する4つの視点
たったひとりの言葉が共感を生み、それが瞬く間に分野を越えてイノベーションの萌芽となることがある。大勢の意思をリードするその小さな視点は、はじめは常に「私は」という一人称だったのではないか。 “個”としての一貫した洞察のまなざしと俯瞰的な視野を行き来して、各分野で提案を続けてきた4人の識者の語りと、彼らのGINZA SIXに根ざしたもの選びを手がかりに、次時代のラグジュアリーを問う。
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◊ Selection by Koichiro Yamamoto ◊
Rediscovering the Essence
先入観なくラグジュアリーと対峙して
同時代のオーソドックスを再発見する
再生ウールなどが混ざらない純度の高いバージンウール製ジャケット。マットな質感のホーンボタンが指先に馴染み、裏地とポケット内側にあしらわれたハボタイシルクの肌あたりは格別。表に見えずとも着心地を左右する裏地やディテールに贅を尽くすのが「THE ROW」らしい。ジャケット¥658,900・シャツ ¥218,900/ザ・ロウ(3F)
ゴールドコーティングの真鍮製ボディに、アイコンであるローラガスのパターンを施したライター。80以上の部品からなり、手作業で制作されるスイス製。煙草やお香といった嗜好品に火を灯す、片手の所作にともなう音の連なりさえ味わい深い。ライター¥187,000/ダンヒル ギンザ コンセプト ストア(2F)
レザーソールで横顔はフラット。装飾が削ぎ落とされオーソドックスだが、アッパーソールの縫い目に波打つギャザーが足元に情緒を漂わせる。ローファー〈ヒール1.5cm〉¥126,500/サンローラン(B1-2F)
豹の動きを連想させる曲線が美しい“パンテール ドゥ カルティエ”は1983年に登場しジュエリーウォッチという概念を世に打ち出したエポック。なかでも文字盤が最も小さなものはイエローゴールドが優雅に輝きながら、慎ましく手元に馴染む。ウォッチ〈クォーツムーブメント、25×19mm〉¥3,181,200/カルティエ(2F)
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同居人を選ぶように見極める、
メゾンのオーソドックス
「例え話ですが、ラグジュアリーブランドでのもの選びは、同居人選びみたいなところがある。今だけの関係じゃないぞ、と自分に問いかけて、これからのことに思いを馳せます」
スタイリストの山本康一郎さんは40年という長いキャリアで、雑誌や広告、文化人などのスタイリングを通し、ものと対峙し続け、時代の空気を体現するキャラクターを提示してきた。
メゾンとの向き合い方について話が及んだ際に出た“同居人”という生活の匂いのする言葉は、普段着に対するリアリティと、フラットな視点に裏付けられている。ひとつ屋根の下、寝食をともにし、酸いも甘いも経験するなら、何を身につけていたいのか。
「ラグジュアリーはランウェイの演出、モデルのキャスティングの妙、店の内装やショッパー、手元に届くときのなにげない包装に至るまで手を抜かない。冗談も効いている。エンターテイメントですよ。でも、先入観を持たずにものを見ると、実はオーソドックスが揃っている。普通で、なによりも良いものが揃うのも百貨店。構えずに“はしご”をしたらいいと思います」
そして、山本さんが選んだのは、性別の垣根を超えて身に纏えるハンサムな色気が漂うもの。「THE ROW」は2024年春のコレクションで、ルックブックを男女で分けず、各自が自由に選び取るのがモダンなショッピングの在り方だと提案した。ファッションが目指すのは、分断ではなく合流なのだろう。
「クローゼットのなかで、いい位置ってあるでしょ。窓辺や棚とか、そういうところに置いて、眺めたり、磨いたり。毎日ガシガシ使ったとしても、それなりにいい傷が入る。ヨレたり、馴染んできたときにも風情がある。直しなどのケアも手厚いでしょ。そういう抜かりのなさが、ラグジュアリーらしさだと信じたいです」
Koichiro Yamamoto
山本康一郎/スタイリスト。1961年に京都で生まれ、東京で育つ。雑誌や広告でクリエイティブディレクションを手がけ、「スタイリスト私物」という名義でブランドやメーカーと「いま、自分が欲しい」アイテムを展開する。
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◊ Selection by Naoko Shiina ◊
Where Simplicity Meets Functionality
マルチな機能や装飾に固執しない、
時を紡ぐシンプリシティ
「Leica」の赤いロゴマークを配置せずマットな黒一色のM11-P。単焦点レンズ“ライカ ズミルックスM f1.4/35mm”は1961年の誕生以降、仕様や外観、光学設計をほぼ変えずに35年以上製造されたロングセラーの復刻版。カメラ〈高さ8×幅13.9×奥行3.85cm〉¥1,474,000・レンズ¥627,000/ライカ(5F)
新潟の燕三条で200年以上続く鎚起銅器の工房「玉川堂」。この湯沸は料理研究家の有元葉子が監修したシリーズのひとつ。湯沸〈1.4L、高さ22×幅19×奥行15.5cm〉¥132,000/玉川堂(4F)
光の条件や見る角度で濃淡を変化させるベロア。フランスの職人が手づくりで制作し、その丁寧なものづくりが快適な付け心地を叶える機能美と気品を両立させる。カチューシャ0.6cm幅 ¥15,400・1cm幅 ¥17,600・2.5cm幅 ¥20,900・3cm幅 ¥44,000/アレクサンドル ドゥ パリ(3F)
吸湿性と速乾性に優れたオーガニックのヨーロッパリネンを100%使用したパジャマ。ゆとりのあるAラインのシルエットが体を包み込む。シャツ¥28,600・パンツ¥30,800 ※5/10~5/21の期間限定で展開予定/マーガレット・ハウエル(4F)
“時間の魔術師”と称されるエイジングケアの効果は、クリーム状のテクスチャーが心地いい“プライムリニューパック”で実感。シグネチャー成分のトリプルDNAやRNAが働きかけて、深く潤う肌に。パック ¥46,200/ラ・メゾン・ヴァルモン(B1F)
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利他の視点からも吟味して
歳月を重ねてもなお、しっくりくるもの
買い物は、自らの価値観をシフトチェンジする契機となる。だから、あなどれない。性別、肩書き、周囲のイメージによって選択肢を狭めてしまうのではなく、変化のきっかけにできるか。偶然にも、GINZA SIXでそんな一歩を踏み出す買い物をしたと語ってくれたのが、スタイリストの椎名直子さんである。
「私はこれを買うに値する人間なのだろうか? と、自ら制限を作っていましたが、そろそろ挑戦したいことに素直になって、少しずつ枠を外していきたいと思った時期だったのでしょう」
手に入れたのは「Leica」のデジタルカメラM11-Pと単焦点レンズ。ドレスやジュエリーではなく、大切な日々を記録する道具だった。追い求めたのは究極のシンプル。自分で絞りや焦点を合わせてシャッターを切る。一瞬を残す。このカメラに凝縮されているように、椎名さんが選ぶものに通底するのは、簡潔な機能と、長い歳月のなかで、狭きを地道に深めてきた作り手への敬意。
家で過ごす時間に寄り添うものにもこだわった。
「『玉川堂』の湯沸は、一枚の銅の板を叩いて立体としていきます。そうして生まれる表情は、まさに時の痕跡。それが経年変化によってさらに深みを増していくそうです」
また、椎名さんの「しっくりくる」という感覚のポイントになるのが利他的な視点である。自己を満たすだけでなく、社会が変化へ向かう一助となれば、買い物はよりいっそう気持ちがいい。
「眠りとは、再生の時間。今回選んだ『MARGARET HOWELL』のナイトウェアはオーガニックのリネン製。ものづくりを続けていくために環境への計らいがあるものを、なるべく取り入れたい。微力なひとりの人間として、諦めるのではなく、これからの未来のためにできることをこつこつと続けていきたいです」
Naoko Shiina
椎名直子/スタイリスト。長野県生まれ。広告や雑誌、ブランドのルックブック、俳優のスタイリングを手がける。自らの衣食住においても日々シンプルな在り方を探求。ライフスタイル雑貨への造詣も深い。
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◊ Selection by Naoko Ikawa ◊
Championing Food Culture
好奇心をそそる味との出合いから、
食文化の担い手としての自覚へ
左は5種のボタニカルを使用したオーガニックジン。フレッシュなレモンピールとセージで際立つジュニパーベリーの香りが鼻孔に飛び込む。右は天然石で挽いたMULINO MARINOの軟質小麦粉00番。無農薬、無添加で、香りの豊かさは随一。ジン750ml ¥6,180・小麦粉1kg ¥1,540/イータリー(6F)
左はセラーで温度管理と定点観測を行い、日本酒を熟成した“IMADEYA AGING”。ワインと同様に熟成して価値を創造するチャレンジ。右はニガヨモギやフェンネル、ミントを中心に複数のボタニカルからなるイタリアの伝統酒アマーロ。風味は爽快で食後に最適。イマデヤエイジング 松の司 純米大吟醸 ¥3,850・スカーレット メンタ・アマーロ¥4,510・カスクマリッジ¥4,730/いまでや銀座(B2F)
創業260年以上の老舗「Bicerin」が本店を構えるトリノは欧州におけるチョコレート発祥の地。最高級ヘーゼルナッツペーストを練り込んだ“ジャンドゥイヤ”は口どけなめらか。チョコレート10粒入り ¥4,752/ビチェリン(B2F)
てんぷらコースのしめに出るかき揚げをほぐし、ご飯とあわせた天ばらを海苔巻きに。車海老や帆立、そら豆の天ぷらの香りが重なる。能楽堂や歌舞伎座のお弁当にも。銀座店限定、前日までの予約制。ばら巻き¥4,300/てんぷら山の上 Ginza(13F)
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土の匂いのする食文化と
料理人の哲学を伝えていく意思
飲食店は、料理を出すだけではなく思想を届けるメディアだ。ノンフィクションの手法で生産者や料理人の思想を伝えてきた文筆家の井川直子さんは、常に、お皿の向こう側にある作り手の考え、土の匂い、産地と街と店のつながりに興味を抱いてきた。
「人は、いつの時代も、生きるために食べる。ですから、食は、自分たちが地球に暮らす当事者であると感じるきっかけになります。いい味というのは想像力を誘い出すでしょう。この味はいったいどこから来るのだろうと好奇心を刺激され、知る過程で、自分が共感できる背景のあるものを選ぶといいのではないでしょうか」
井川さんにとって銀座という街は、料理人がしのぎを削る特別な場所。なかでもGINZA SIXは日本を伝え、海外のものを知ることができるグローバルな結節点だ。手ざわりのあるローカルが根付きながらも、なおかつ異国の風土に通じる扉が開かれている。
たとえば、スローフードの思想をもつ「EATALY」は、大量生産や大量消費ではない郷土の味をもたらす食材を揃え、イタリアの食文化を届け続けている。一方で「いまでや銀座」は日本の酒を豊富に扱う視座のあるセレクトショップ。日本酒の醸成文化を提案する“イマデヤエイジング”は時間の経過が生む複雑味を商品化するだけでなく、日本酒の価値創造というミッションを担う。
未来のラグジュアリーを考えるうえで、井川さんがこうしてメッセージをもつ誠実な店をピックアップした理由には、食文化は一度失ってしまうと取り返しがつかないという危機意識もあった。
「『てんぷら山の上 Ginza』は今でこそ伝統ですが、当時は斬新。江戸前の魚介に野菜を加えて新しい流派が生まれました。素材を開拓する姿勢や、食材の扱いに表れる哲学が大切です。私たちは美味に満たされながら、その継承に参加していると思うのです」
Naoko Ikawa
井川直子/文筆業。秋田県生まれ。食と酒にまつわるノンフィクションを多数手がける。2021年『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』にて、第6回「食生活ジャーナリスト大賞 ジャーナリズム部門」を受賞。
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◊ Selection by Yosuke Sasagawa ◊
Down-to-Earth Athleisure
日常と地続きの装いと
感性で開拓するアスレジャー
落ち着いたトーンでありながら、袖や裾、前立てのカラーを切り替えたニットカーディガン。伸縮性に優れ、ルーズなシルエットで動きを制限せず、2つのポケットが実用的。カーディガン¥63,800/アー・ペー・セー ゴルフ(5F)
ハイキングや旅先はもちろん、ゴルフシーンではボールやティーなどの小物を入れるサブバッグとして活躍。防水性を備え、通気性のいいバックパネル付き。バッグ〈175g、高さ16.9×幅34.3×奥行14.9cm〉 ¥17,600/アークテリクス(5F)
ディープブルーのデニムバケットハットにエンボス加工でロゴを配置。ゴルフブランドで全身を固めず小物でメゾンやストリートの要素をミックスすると、グローバルシーンにも通じる現代ゴルフの粋な着こなしに。ハット¥47,300/アレキサンダーワン(3F)
細かなボーダー柄に爽やかな気品があるポロシャツ。襟にステッチをあしらいスポーティな印象とトラッドのバランスを巧みに両立。吸水速乾性が高い素材は肌離れがよく、ラグラン袖のパターンでスイングの動きにも追従する。ポロシャツ¥22,000/ブリーフィング ゴルフ(5F)
ホールド力のあるグリップがベストなスイングを実現。使うほどに手に馴染むしなやかなラムレザーの艶が上品で、カラーバリエーションが揃うため、装いによって色を変えれば新鮮な気持ちでプレーできる。グローブ ¥4,180/ジーフォア(5F)
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アスレジャーの装いに見出す
次世代が担うインクルージョン
ゴルフは入り口が狭いスポーツだったが、コロナ禍にプレイヤーが増えてルールの緩和が加速した。2021年に設立されたプロゴルフツアー「LIV Golf」は、おおらかなドレスコードと選手が競技を続けやすい賞金システムを構築。また、国内外の若い世代のセレブリティがラフな格好でゴルフを楽しむ姿をSNSで発信するなど、プロアマを問わず業界に変革が起きつつある。
笹川陽介さんはグローバルなメディアであるハイプビーストが運営する『HYPEGOLF Japan』発足の立役者であり、海外で人気を博すブランド「ANTi COUNTRY CLUB」を運営するなど、ゴルフカルチャーの世界的な動向に詳しい。
「ゴルフは経験や年齢の差を越えて楽しめるスポーツです。ボーダーレスなあり方がコミュニュティを育むことにもつながる。だから、ザ・ゴルフウェアみたいなものを制服のように着ることに違和感がありました。とはいえ、ただ装いの幅を広げるだけなく、そのミックス感覚が業界全体の風通しをよくして、次世代のプレイヤーがクラブを手に取るきっかけになったらと思っています」
笹川さんは「ARC’TERYX」といったアウトドアブランドや「alexanderwang」といったインポート、スケートカルチャーに根ざした服も取り入れる。自分なりのスタイルの探求を経由したうえで、ノウハウを積み重ねてきたゴルフウェアブランドの圧倒的な機能性が、プレーを向上させることも実感できたという。
「東京にはゴルフショップが少ないし、それぞれの立地が離れています。海外の方はなおさら回りづらいですよね。一方でGINZA SIXは同じフロアで多様な特徴のブランドが見られる。アスレジャーの装いが今どうなっているのか、全体像も得られて、自分のスタイルにたどり着くヒントも多いのではないでしょうか」
Yosuke Sasagawa
笹川陽介/スタイリングを手がけるほか、2021年に『HYPEGOLF Japan』の編集長に。2020年に「ANTi COUNTRY CLUB」を立ち上げ、東京・千駄ヶ谷のゴルフショップ「the Divot STORE」では買い付けとディレクションも行う。
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Edit & Text: Yoshikatsu Yamato
Photos: Mitsuo Okamoto
Styling & Selection: Naoko Ikawa, Yosuke Sasagawa, Naoko Shiina, Koichiro Yamamoto
Illustrations: Akina Haga
*掲載内容は5/3(金)時点の情報です。