The Joy of Rebirth よろこびとともにフレッシュに蘇る
Interview with Guillaume Henry
Artistic Director
1920年代、活動的で自由を謳歌したい女性たちに愛されて、シャネルと人気を二分する勢いだったクチュール・メゾンのジャン・パトゥ。創業者が48歳で亡くなった後も活動は続いていたが、1987年にクローズした後は深く永い眠りについていた。それが、アーティスティック・ディレクターにギヨーム・アンリを迎え、「パトゥ」と名前を変え、昨春、フレッシュに蘇った。そして、パリジェンヌたちの心をすぐさま掴んだのである。
パトゥという歴史あるメゾン、創業者自身、そして過去にこのメゾンで創造性を発揮したジャン・ポール・ゴルチェ、カール・ラガーフェルド、クリスチャン・ラクロワといったすべてのデザイナーの存在。こうしたことに興奮し、ギヨームはこの仕事を引き受けることを決めた。加えてヘリテージや歴史などとは関係なしに、パトゥという名前そのものも気に入ったのだ。そこにはよろこびが感じられ、つい微笑みが生まれ、ニックネームのようでもあり、フレンドリーでチャーミングな響きがある。「Patou」のロゴ内のアルファベットの「O」を以前より大きくしたのも、優しく愛情あふれる響きのイメージに近づけるためだという。
「ジャン・パトゥの時代のものはほぼ何も残っていない。それに30年以上、ブランドとして活動していなかったので、以前僕がアーティスティック・ディレクションをになっていたカルヴェンでもそうだったように、ここパトゥも再興であると同時に新創設という両面があるのです。多くはないにしてもこの名を知る人を混乱させないよう、そして一度もこの名を聞いたことがない人には、真新しいブランドと思わせ、欲しい気持ちを起こさせるのが僕の仕事です。ジャン・パトゥが生前発表した名香の一つに“Joy(ジョイ)”がありますが、この名が意味するよろこび、歓喜を、メゾンの遺産において永続させるべきこととして仕事の中心に置いています。また、ジャンは女性の身体の動きやすさを重視し、オートクチュールにスポーツウエアがもつコンフォートをもたらしました。このスポーティエレガンスも、過去と新生パトゥを結びつけています。その一方、新創設という面があるので、革新的なことを礎石できます。それも、パトゥの仕事を引き受ける魅力の一つでした」
〈ギヨーム・アンリ。カルヴェン、ニナ・リッチを経て、2019年よりパトゥのアーティスティック・ディレクターを務める。〉
現代社会との結びつきも大切に環境に配慮するパトゥ・ウエイ
現ポストの声がかかる前に考えていた可能な限りエコ・リスポンサブルなプロジェクトを、ギヨームはパトゥで実践に移した。発表する服の型数を限り、パッケージングはリサイクル素材を使用し、環境フットプリントの削減に務め、環境に配慮した原材料を服に使う、といった「パトゥ・ウエイ」と称される行動だ。
「コレクションについては型数を減らしただけでなく、発表もショー形式をとっていません。というのも、この仕事を15年以上していますけど、ショーの時はいつもバックステージにいて、僕は自分のショーを見たことがなかった。だからプレゼンテーションの形式にし、その中心に僕がいて、というように、友達とのディナーといった雰囲気で初回から発表しています。この方法はよろこびのブランド、パトゥにふさわしいと感じています」
〈パトゥのオフィスはパリのセーヌ河に面したシテ島にある。一階を占めるのは、通常は裏手に配置されるアトリエ。クチュールメゾンだった過去がここに息づいている。〉
さてロックダウン期間中、モード関連のブティックは閉鎖を余儀なくされたフランス。彼もファッションがエッセンシャルとはみなされないことに同意すると言いつつ、「表面的なことだけど、その表面積は広い」と、カール・ラガーフェルドの言葉を引用した。
「つまり、モードが与える夢やよろこびはエッセンシャルなんですね。それだけじゃない。ロックダウンの時期もスタッフと仕事を続けることで家族のような関係が僕たちの間に築かれ、気がついたんです。女性にファンタジーを与える仕事に就いている僕は、チャンスに恵まれているということに。ロックダウンが僕を変えたとは言わないけれど、幸福だと気づくためには、一度不幸を味わわなければ、という感じでしょうか。そしてファンタジーが不足している時期だったので、花が大きく開花するような強い生命力を感じさせる、とてもカラフルなコレクションを作りたいと思い至ったのです」
そうして生まれたのがカラフルでボリューム豊かな今秋のコレクション、ファンタジア・ボタニカである。パトゥで1970年代にアーティスティク・ディレクターを務めていたミッシェル・ゴマがデザインしたフラワー・プリントに、ギヨームはビタミンの力を感じ、大きなインスピレーションを得たのだ。ステイホームが訴えられる時期、ホームウエアやアクティブウエアへ人々の関心が高まるが、ストーリーを語るデザイナーであると自認する彼は、これらにはまったく心を動かされない。
〈ギヨームによるデッサン。ディテールの説明や素材も明記されている。〉
「パンデミック以降がどうなるか。変化ということについて、僕は自分やその前の世代にはあまり信頼を置いていません。未来については、僕個人としては20代の若い世代への信頼があります。彼らからの影響はとても大きい。仕事場で僕は最年長で、周囲の若者から素晴らしいエネルギーをもらっています。それによって既知を忘れられる。つまり確信してることから脱して、自分がリニューアルできるのです。解りやすい例として、スカート、パンツ、ワンピースを1シルエットにコーディネートすること。こうしたミックスは以前の僕ならしなかったことでしょうね。つまり、こうありたいという自分を見せて、自己表現の自由を見つけられるワードローブに興味があります。レストランのメニューでいえば、同じ素材で軽く食べられることも豪勢に食べることも自分でチョイスできるといった…。僕は女性たちに’’ 素晴らしい’’を提案したいんです。それも未消化ではなく、よく消化されていて理解できる’’素晴らしい’を。音楽に例えると耳障りじゃないけれど、眠気を誘うようなものではない、過激ではないけど、でも、ありきたりではないというような」
平凡における非凡、ちょっとした何でもないことが現実を昇華させる。こうブランドとして紹介されるパトゥ。GINZA SIX の店頭に並ぶファンタジア・ボタニカからの厳選されたアイテムはブランドの真髄を汲み取ったものだと、ギヨームはそのセレクションをおおいに賛美する。
「ボリュームのあるアイテムも選ばれていて、エレガントで大胆です。ちょっとしたディテールが服にあって、型にはまってるように見えるけれど、そうではない。普通にみえるけれど、実は普通じゃない。僕は文字通り、というのが好きじゃないんです。その点で日本女性が身近に感じられます。なぜなら、日本女性は誰もその個性を表立って発しませんし、何事も面と向かって強いるということはしないけれど、自分を解読させるヒントをくれます。ストーリー性を好む僕は、読み解くことが好き。100%セクシーとか、100%ミニマルというのは興味がありません。だけど、内気なセクシー! となったら断然気を引かれます」
〈パトゥ社では自発的に自社の服を着て働く女性が多い。最新コレクションのこのジャケットは、丈が短めゆったりとしたシルエット。背中にスリットが入り、袖も短め。動きやすさが信条のパトゥらしい1着だ。〉
かつてジャン・パトゥが自分の妹にしていたように、ギヨームも自分の同僚や友達など周りの女性たちに向けて服をデザインしている。セレブリティが着てくれるのもうれしいけれど、その人の人生を知りたくなるような女性に語りかけるワードローブ、というのが彼の目指していることだ。隣人の暮らしに興味がある彼。映画ではエリック・ロメールの作品が好みと語る。
「何もない、だけどすべてがある、という…シンプルだけど美しい映画ばかり。一番の好みは『緑の光線』です。バカンスの物語というだけなのに、それでいて素晴らしいんです」
〈左から取り外し可能なビッグカラー付きのトレンチコート 198,000円/様々な着こなしが1着で楽しめるブラウス 82,500円〉
Text: Mariko Omura
Photos: Julie Ansiau
Editing Direction: Yuka Okada(81)
Fashion