It All Began with the Big Cat Bang
ヤノベケンジが問う、生命の起源と人類の希望
2024年4月、GINZA SIXの中央吹き抜けに現れた大量の猫と岡本太郎《太陽の塔》を模した宇宙船。現代美術家、ヤノベケンジさんによる《BIG CAT BANG》は、生命の起源を問うインスタレーションだ。災害や疫病、戦争が相次ぎ地球が破滅的な状況にある今だからこそ、ポジティブな想像力が必要だとヤノベさんは語る。ときにユーモアを交えながら軽快に話すヤノベさんの瞳には、人類への希望が映っていた。
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すべては“猫”から始まったのかもしれない
見渡す限りの猫、猫、猫…。ここは、京都芸術大学の中にある「ウルトラファクトリー」と呼ばれる工房だ。ディレクターを務める現代美術家・ヤノベケンジさんの制作拠点もここにあり、“猫”は、彼が2017年から制作を続ける《SHIP’S CAT》というシリーズ作品の一部である。
2024年4月5日、ヤノベさんによるバルーンを使った大掛かりな新作のインスタレーションがGINZA SIX中央の吹き抜け空間に登場した。空中には、オレンジ色の宇宙服に身を包んだ3体の大きな猫と、その足元には巨大な宇宙船《LUCA号》が。さらに数百体もの小さな猫たちが放射状に放たれ、今まさに地球へ上陸せしめんとする瞬間。
《BIG CAT BANG》と名付けられたこの作品に、ヤノベさんは「“猫大爆発”なんて、美術家の知性もないようなばかばかしさが漂っているでしょう?」と、くすり。それは、見る人に自由に感じてほしいという思いと、ユーモアのセンスに裏打ちされた言葉でもあるだろう。
写真/GINZA SIXでは吹き抜け空間での《BIG CAT BANG》展示のほか、ステンレスや真鍮などの素材を用いて制作された中型の《SHIP’S CAT》もフロアの随所に。 同シリーズでは括弧書きで副題が付され、写真は《SHIP’S CAT(Flying)》。ちなみに初めての猫モチーフは2008年、舞台美術のための作品として制作された。
そもそもSHIP’S CATとは、船乗り猫のことだ。大航海時代に船に乗せられ世界中を旅した猫たちは、ネズミから貨物を守り疫病を払う役目を担い、船員の心の友でもあった。いわば船の守り神なのだ。
「《SHIP’S CAT》は、若者の旅を見守る街のシンボルとして福岡県のホステルのために制作したことがきっかけとなって生まれたシリーズです。その後、大阪中之島美術館やルーヴル美術館などでも展示され、日本各地だけでなく海を渡りました。船乗り猫のように作品も旅を続け、新たな物語を紡いでいるんです。今回、多くの人が行き交うGINZA SIXという場所から、世界に向けて発信できることがうれしいですね」
《BIG CAT BANG》を見ると歴然だが、宇宙船LUCA号が何かに似ているような…? そう、かの有名な岡本太郎の《太陽の塔》だ。
写真/ヤノベさんの工房には、《太陽の塔》のオマージュである宇宙船が(顔の部分はもちろん、猫)。SHIP’S CATが地球に生命を運んできた物語と、作家の幼少期の体験を結ぶアイコンでもある。
1965年大阪に生まれたヤノベさんは、1970年に開かれた大阪万博の跡地を見て育った。廃墟と化したその地で目撃した高さ70メートルもある《太陽の塔》の姿は少年の心に強く焼き付き、「想像力のリミッターを外されてしまう体験だった」という(ちなみに塔の制作の裏側には、万博をはじめ日本社会に対する岡本太郎の反骨心が込められていたことが知られ、ヤノベさんの制作も岡本の思想と無縁ではない)。
「太郎さんは僕の作品に大きなイマジネーションを与えてくれ、時代を乗り越える力をもたらしてくれた人。そして芸術の役割とは、人々の心に希望の明かりを灯すことだと教えてくれたんです」
さて、ヤノベさんの制作においては一貫して、社会に対する洞察、過去・現在・未来をつなぐ壮大なナラティブ(物語)、それを視覚化するための愛らしいキャラクターが鍵となっている。たとえば《BIG CAT BANG》では、生命の素となるアミノ酸が地球外からもたらされた可能性を示唆するパンスペルミア説にアイデアを得た。地球にやってきたSHIP’S CATが生命の樹の種を蒔き、疲れ果てて息絶えていく。だがその生命は今に至るまで受け継がれているという物語である。
「もしかしたら、僕たちの周りにいる猫はその生き残りなのかもしれませんね(笑)。現在、自然災害や人為災害、新型コロナ、戦争…と地球が破滅的な状況にありますが、そんな危機的なときだからこそ、想像力を掻き立てる物語が必要だと思うんです。その物語を起点として、生命の起源に思いを馳せ、今ある様々な問題と向き合い、人間という存在を見つめ直すことができるのではないか、と。そして、ポジティブなエネルギーの連鎖によって未来へとつなげていく。今回の展示では、そのようなメッセージを伝えたいと考えました」
私たちはどこから来て、どこへ向かうのか──そんな遥かなる問いを見守る“猫”に、GINZA SIXで出合ってみたい。
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ヤノベケンジ《BIG CAT BANG》
[期間:2025年夏まで]
GINZA SIX中央の吹き抜け空間を銀河に見立て、宇宙船と無数の宇宙猫が空中に舞う圧巻のインスタレーション(写真1)。画像生成AIを活用した《BIG CAT BANG》のストーリー動画(写真2)と、カプセルトイ(¥500/写真3)やTシャツ(¥5,500/写真4)などグッズ(銀座 蔦屋書店[GINZA SIX 6F]にて販売)にも注目を。7月12日(金)から東京・南青山の岡本太郎記念館で開催されるヤノベさんの企画展も、あわせて訪れたい。
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Kenji Yanobe
ヤノベケンジ/1965年大阪府生まれ。京都市立芸術大学大学院修了。90年代から「現代社会におけるサヴァイバル」をテーマに大型機械彫刻を制作。2000年代からはテーマを「リヴァイバル」へ移行し、不安定な社会情勢のなかに希望を打ち出す大規模な作品を発表し続けている。京都芸術大学教授。同大学内「ウルトラファクトリー」ディレクター。
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Definitive works
ヤノベケンジの想像力に触れる2つの作品
1. サン・チャイルド | 2011-12 |
東日本大震災での福島第一原発事故を受け、復興・再生の願いを込めて太陽の子をモチーフに制作した全長6.2メートルの彫刻。作家の故郷・大阪府茨木市に恒久設置されている。
2. ジャイアント・トらやん | 2005 |
子どもの命令にのみ従う「夢の最終兵器」として制作されたロボット型彫刻。全長7.2メートル。手を振って踊ったり火を噴いたりすることもできる。大阪中之島美術館収蔵。
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ヤノベケンジに瞠目して、
岡本太郎を知らない人のために
ヤノベケンジさんの《BIG CAT BANG》の起点となった岡本太郎とは一体何者なのか?美術史家の山下裕二さんが、その規格外の創造性とアート界に与えた衝撃を振り返る。
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1996年1月7日、岡本太郎が亡くなった。その日のことは、よく覚えている。夕刻だったと思う。テレビで「芸術家の岡本太郎さんが死去」という臨時ニュースのテロップが流れた。その瞬間、ちょっと大げさに言えば、体の中に電流が走ったような気がした。
その数年前から、私は岡本太郎が書いた本を読み返していた。『今日の芸術』、『日本の伝統』、『原色の呪文』などなど。それらの本に収められた太郎の、とくに日本美術に対するあまりにも鋭い舌鋒に参ってしまって、この人の再検証をしなくてはと思っていた矢先だった。私は、太郎の本をさらに買いたいと書店に走ったのだが、なんとその時点ですべて絶版。これはいけない、太郎の再評価を進めねばならないと思ったのだった。そして岡本太郎と日本美術史に関する文章を、雑誌の追悼特集などに書くことになった。そんな文章が多くの人の目にとまり、以後、雑誌などで太郎に関する仕事が増えていったのだった。
そして1999年、NHK日曜美術館で「岡本太郎 伝統をつかみとれ」という特集が企画された。太陽の塔の造形には、縄文時代の土偶のイメージが反映しているのではないか、という私の考えに端を発して、ディレクターが構想した番組だった。その番組に、幼い頃から太陽の塔を見て育ったというヤノベケンジに出演してもらったのである。当時、京都の郊外にあったヤノベのアトリエを訪ね、インタビューをした。そして彼は、太陽の塔、岡本太郎に対する想いを、綿々と語ってくれた。
それから四半世紀、このたびヤノベケンジがGINZA SIXで壮大なインスタレーションを展開するという。イメージスケッチを見れば、太陽の塔がメインのモティーフとなって、そこから猫たちが放たれるようだ。素晴らしい!
さて、四半世紀の間に、岡本太郎の再評価はずいぶん進んだ。すべて絶版だった本は次々と復刊され、いまでは100冊ほどの本を新刊で入手することができるようになった。そして、太陽の塔と同時期に制作されながら行方不明になっていた大壁画「明日の神話」は2003年にメキシコで発見され、日本に移送されて修復後に2006年に公開。2008年には渋谷マークシティに恒久設置されたのだった。
この、GINZA SIXのヤノベケンジによるインスタレーションによって、はじめて岡本太郎のことを知る人も多いだろう。まずは渋谷で「明日の神話」を見てほしい。そして、大阪の万博公園に行って、「太陽の塔」も見てほしい。そしてさらに、岡本太郎の戦前の作品、とくにパリ時代の作品で私がいちばん好きな「傷ましき腕」を見てほしい。川崎市岡本太郎美術館蔵。いつも展示されるわけではないが、どうぞ公開予定を調べて訪ねてくださいますよう。この企画によって、ヤノベケンジが岡本太郎の存在をさらに未来に伝えてくれるだろうことを嬉しく思う。
Yuji Yamashita
山下裕二/美術史家、明治学院大学教授。1958年生まれ。室町時代の水墨画を起点に、縄文から現代美術まで幅広く日本美術を論じている。主な著書に『岡本太郎宣言』など。岡本太郎現代芸術賞の審査員も務めている。
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Taro Okamoto
岡本太郎/1911年生まれ。東京美術学校退学後、両親と渡仏。パリ大学で哲学・社会学・民族学を専攻し、多くの芸術活動に参加する。1970年の大阪万博ではテーマ・プロデューサーとなり《太陽の塔》を発表。『今日の芸術』をはじめ多くの著作も残している。
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Definitive works
今こそ見るべき 岡本太郎の代表作3選
1. 明日の神話 | 1968 |
Myth of Tomorrow
原爆が炸裂する瞬間を描いた幅30メートルの巨大壁画は、現在渋谷駅構内で展示されている。そこに描かれたのは、残酷な惨劇を経てなお未来へ向かう人間の生の力強さだ。
2. 傷ましき腕 | 1936 |
Wounded Arm
大きなリボンと切り開かれた腕が描かれた本作はパリ時代に発表されたもの。リアルで生々しい腕からは、抽象表現に行き詰まりを感じていた当時の岡本の葛藤も感じられる。
3. 太陽の塔 | 1970 |
Tower of the Sun
過去・現在・未来を貫いて生成する万物のエネルギーを象徴する本作は、生命や祭りの中心を示すもの。内部には生命の進化を辿る高さ41メートルの作品《生命の樹》も。
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[ COLUMN|GINZA SIX and Art ]
写真/GINZA ATRIUMでの「ART SESSION」はアーティストが交差する場を生み出すもの。今年は日常に取り入れやすいサイズの作品を集めたサテライト会場も設置された。
GINZA SIXとコンテンポラリーアートの蜜月
その中央吹き抜け空間のインスタレーションに留まらず、GINZA SIXが独自のアート・エコシステムを生み出していることをご存知だろうか? 「アートのある生活」をテーマとする6Fの銀座 蔦屋書店は複数のスペースを館内に展開しており、日本を代表する大御所作家から頭角を現す新人作家まで、幅広いアーティストの作品を日々発信している。
たとえば高さ6メートルの本棚に囲まれた心臓部「GINZA ATRIUM」は、かつて上述の吹き抜け空間で展示を行った名和晃平を筆頭にアーティストの作品集刊行と連動した展示を企画し、GINZA SIXとのシナジーを創出。他方で「FOAM CONTEMPORARY」は新たな才能に特化し、友沢こたおなど若年層からも支持される作家らの挑戦の場をつくるギャラリーだ。若手作家に開かれた壁面の展示スペース「アートウォール」とその周辺では、アートビギナーでも購入しやすい作品が多く展示されている。
こうした多角的戦略の狙いは、アートやアーティストと人々をつなぐ「コミュニティ」の創出にあるという。なかでも約100名のアーティストが一堂に会する「ART SESSION」は同店のビジョンを象徴するものだ。2023年から始まったこのイベントはストリートやファッションと縁の深いアーティストも含め多くの作品を集め、実際にアーティストとコレクターが交流する場も設けられた。これまでアーティストは特定のギャラリーに所属し作品を販売することが一般的だったが、このコミュニティはアーティストが新たなキャリアを拓く場でもあり、既存のアート市場を拡張するエコシステムでもある。その活動はさらに拡大し、今後は韓国など海外ギャラリーとのコラボレーションも進んでいく予定だ。銀座 蔦屋書店が生み出すコミュニティから日本を代表するアーティストが生まれる日もそう遠くはないのかもしれない。
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◊ ◊ Information ◊ ◊
Wade and Leta(ウェイド アンド レタ)がつくる
カラフルな遊び場をお見逃しなく
GINZA SIXのアート・エコシステムは、RFの屋上庭園「ROOFTOP ART PARK」まで拡大中だ。昨年のYOSHIROTTENに続き、今年はブルックリンを拠点とするアーティストユニットWade and Letaが《Falling Into Place》を発表。東京のエネルギーからインスパイアされたと語るふたりがつくった不安定なパズルのような空間は、自然と人々をカラフルな色彩と造形の内側へと誘い込む。「この作品に障壁はありません。多くの人が作品の中で交流することは、私たちにとっても最大の喜びです」。立ったり登ったり寝てみたり、楽しみ方は自由自在。展示は5月31日(金)まで。
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Edit: Shunta Ishigami (MOTE)
Text: Shinta Ishigami(MOTE), Shiho Nakamura, Yuji Yamashita
Photos: Makoto Ito