淡い光の反射がつくりだす、
きらびやかな銀座の空気感。
小林健太|アーティスト、写真家
GINZA SIXの1Fエントランスには現在、鮮烈な色合いの未来的な巨大アートが出現中[会期:5月8日(日)まで]。一度目にしたら忘れられないこの圧倒的な作品は、世界のカルチャーシーンやファッションシーンで注目を浴びるアーティスト・小林健太さんによる新作。GINZA SIXの開業5周年を彩る作品です。
MAGAZINE|2022.04.01
《Reflex Ginza》2022年 ©Kenta Cobayashi
自ら撮影した写真に、デジタル上編集によって絵画のようなストローク(筆致)を施し、具象と抽象が複雑に組み合わされた作品をつくる小林さん。今回の新作は、小林さん自身が銀座の街並みを撮影し、編集加工したグラフィックと映像で構成されています。気鋭のアーティストの目に、銀座は果たしてどのように映ったのでしょうか。
−−小林さんはさまざまな都市の風景を題材にした作品を多く制作されています。銀座をモチーフにした作品は今回が初めてですか?
「はい。元々渋谷に住んでいたこともあり、渋谷周辺が活動の中心でした。2017年には湘南に拠点を移したので、正直に言うと銀座はあまり来る機会がなくて……(笑)。“ラグジュアリーなお店が多いな”くらいの印象で、今回のお話をいただくまでは、ほとんど銀座のことを知りませんでした。そこで戦前・戦後の銀座を撮った写真集から銀座の歴史やファッションの流れを知ることから作品制作を始めました。その後に街を何度も歩きまわり、街のイメージや雰囲気を感じながら撮影しました」
−−撮影を通じて、銀座の街にどのような印象を受けましたか。
「撮っていてまず感じたのは、光の反射がとても美しい街だということ。ガラス張りのウィンドウディスプレイや、波打ったガラス窓などさまざまな意匠のファサードに、通りを歩く人々や建物同士が反射して、複雑な光をつくりだしているのがとても印象的でした。今回のメインビジュアルは、ファサードに映り込む街の空気感や銀座の独特な光の反射が伝わるよう、GINZA SIXの屋上から撮影した複数の写真を交差させてつくっています。派手なネオンや電飾が少なく、街全体の色合いが美しいのも銀座ならでは。特に夕焼けのグラデーションと、夕日が反射した光のきらびやかさは銀座でしか表現できない色合いです」
ーー街並みの奥にひょっこりと東京タワーが見えるのも銀座らしい風景ですね。
「個人的に東京タワーが好きなのもあって(笑)、うまくこの風景を生かしたかった。青やオレンジに輝く銀座の街並みの奥に、東京タワーが差し色として赤く光り、淡い色合いながら力強さがある。まるで浮世絵のような光のレイヤーは、時代を超えても変わらない“銀座の洗練された佇まい”があるからこそ生まれるもので、他の街では再現できないと思います」
《Reflex Kaleidoscopes》2022年 ©Kenta Cobayashi
−−今回の展示は、エントランスのグラフィックのほか、エスカレーターの側面ビジュアル、巨大な映像ディスプレイなど多岐に渡りますね。
「なんといっても制作に時間を費やしたのは、1Fエントランスの上部にまでそびえる大型ディスプレイに投影する映像作品《Reflex Kaleidoscopes》(2022年)。これまでも動画作品はつくってきましたが、このサイズ感は初めて。ディスプレイの大きさに負けないよう、曼荼羅(まんだら)のような密度のある映像を目指しました。
これまでの作品は、写真をデジタル加工して1枚の絵として完結するものも多いのですが、もっと人の身体や空間との関わりのなかで生まれる表現を大事にしたいという想いがあるんです。エスカレーターの側面ビジュアル《Intersection of Reflex Colors》(2022年)など、作品が空間にどんどん取り込まれていくのは、今までにない新鮮な感覚でした」
−−エントランスを飾る作品では、GINZA SIXのロゴデザインも手がけているデザイナー原研哉さんとのコラボレーションとなりました。
《Reflex Ginza Panorama》2022年 ©Kenta Cobayashi
「エントランスのイメージ《Reflex Ginza Panorama》(2022年)は、GINZA SIXの屋上から撮影した写真を左右上下に反転したものを重ねて、ストローク(筆致)の画像編集を施しました。原研哉さんが作成された5周年記念のロゴは、円形、水平、斜めの線などの幾何学が印象的で、僕のストロークの有機的な曲線と、ビルや街の直線のコンビネーションを受けてデザインされたのではないかと。工業的で、コンパスと直線で描ける幾何学の組み合わせですが、グリット的な配置からずれていて、そこに上品さを感じました。このロゴにもう一回レスポンスをしたいと思い、最後にギリギリのタイミングで画像編集を入れさせてもらいました。円形や長方形の加工を入れて、より図像的に複雑化させました。都市自体がもともと直線的な幾何学要素をもっているので、幾何学的な編集と相性がいいことを改めて感じました。これが原さんのデザインから非常にインスパイアされた部分ですね」
−−デジタル加工だけではなく、「身体性」も小林さんの作品の大きなテーマになっていますね。
「湘南に拠点を移したきっかけとなったのが、とてつもない新たなダンス表現の研究をされている方との出会いで。今着ているファッションのデザインもされています。その方からたくさんのことを教えていただいているのですが、今までやってきた表現にどうやって身体性を取り入れるか? 自分の身体性をどう育てるか? 身体とデジタル表現の関係性について葛藤するようになりました。今も自分の作品に満足はしていませんが、不満があるからこそ工夫が生まれています」
−−写真と街は切り離し難いもの。小林さんにとって「街を撮る」ことはどのような行為ですか?
「写真の中には物理的な街の光景しか写りませんが、その裏には歴史や文化、データインフラなど不可視な部分がある。画像加工というプロセスで、その街の色や不可視な情報を浮き彫りにしたいという想いで街を撮っています。
それから、“街の光”も街の雰囲気を映し出す重要な要素です。たとえばヨーロッパの都市は石造りの低い建築が多く、光を吸収するイメージ。一方でニューヨークは街自体が発光していて個々の主張が強い。銀座の街の光が青や黄色で包まれているように、街の光を引き出すことで、その街全体の特徴が見えてきます」
−−銀座は、伝統を受け継ぎながら進化する街。“大人の街”というイメージもありますが、これからの若い世代にとって、どのような要素があるとよいと感じますか?
「メタバースや仮想空間が普及し始めると、デジタルで完結する世界を好む人も増えるかもしれません。その一方で、デジタルの世界に没頭したことで、逆に現実世界の面白さに気づく人もいるはず。実は僕もその一人です。現実世界には、バーチャルワールドにはない街の歴史、匂いや色合い、そしてやっぱりその場所をつくっている人たちの生きた空気感がありますよね。生の人間がいて、その人たちの発する情緒があって、それが街の歴史や文化になっていく。それをいまの時代の技術と組み合わせて表現していけば、面白いものになると感じます」
−−では、今後、小林さんが銀座でやってみたいことがあれば教えてください。
「戦前戦後の文化人や文豪が集ったという銀座の歴史に惹かれます。太宰治が銀座のバーに通ったり、和洋折衷のモダンガールが集まったりする一方で、能楽堂や歌舞伎座などの伝統を大切に後世へと伝えている。常に時代の先端的なものと伝統的なものの、かけあわせを担ってきた街なんだなと。今、日本の伝統的な文化をもっと知りたいと思っていて、和装とのコラボレーションをしたり、能楽や歌舞伎について学んで、いつか空間演出に携わることができたらと思っています」
小林健太(こばやし・けんた)|アーティスト、写真家。1992年神奈川県生まれ。東京と湘南を拠点に活動。主な個展に「#smudge」 ANB Tokyo(東京, 2021年)、「Live in Fluctuations」Little Big Man Gallery(ロサンゼルス、20年)など。ダンヒル、ルイ・ヴィトンとのコラボレーションも話題となった。作品集に『Everything_2』(Newfave、20年)など。
Text: Kentaro Wada(GINGRICH)
Photo: Yoichi Onoda
Produce: Hitoshi Matsuo(EDIT LIFE),Rina Kawabe(EDIT LIFE)