杉本博司とともに江之浦測候所を
より深く理解する知の旅へ
GINZA SIXがVIP会員のみなさまにお届けしているリベラルアーツプログラムが「CREATIVE SALON」。「大人の遊びと学びの場」をコンセプトに、毎回多様なアーティストをゲストに招いてイベントを開催しています。GINZA SIX開業6周年の2023年1回目の今回は、“第六感を刺激する満たされた体験”を掲げ、銀座を飛び出しての開催となりました。
向かった先は神奈川県小田原市。東京駅からJR東海道新幹線、本線を乗り継いでおよそ1時間。「根府川駅」からほど近い場所に今回の目的地はありました。
小田原文化財団 江之浦測候所。傾斜の険しい箱根外輪山を背に相模湾を望む小田原市江之浦に建造された建築群です。
今からおよそ14年前。2009年に現代美術作家の杉本博司氏が古典演劇から現代演劇までの伝承や普及、古美術品などの保存や公開、現代美術の振興や発展を目的に「小田原文化財団」を創設。そのコンセプトを体現するのが、2017年に完成した江之浦測候所になります。
ここを舞台に開催されたのが、CREATIVE SALON 2023 VOL.1「第六感を解き放つ旅 小田原江之浦測候所 貸切イベント 杉本博司×橋本麻里」です。
杉本氏は、世界のアートシーンで高い評価を得ている現代美術作家。写真、建築、彫刻、インスタレーションと活躍の場は多岐に渡り、作品はメトロポリタン美術館をはじめとする世界有数の美術館に収蔵。近年は、ヴェネツィア、ヴェルサイユ、京都を経て直島へ上陸した≪硝子の茶室「聞鳥庵」≫のほか、昨年末から今年初めには春日大社で春日信仰と美術が一体となった特別展示「春日若宮式年造替奉祝 杉本博司―春日神霊の御生(みあれ) 御蓋山そして江之浦」が開催されました。
GINZA SIXでは、杉本氏が建築家の榊田倫之氏とともに主宰する建築設計事務所「新素材研究所」がVIP会員のためのプレミアムラウンジ「LOUNGE SIX」の空間デザインを手がけたほか、開業時には6Fの銀座 蔦屋書店に作品を出品するなど、オープン当初からさまざまな形で盛り上げていただいています。
今回は日本美術に精通するライターの橋本麻里氏とともに、江之浦測候所にまつわるレクチャーを繰り広げてくれました。
晴れ渡った青空に恵まれたこの日、会場に集まったのは事前応募でご当選されたVIP会員の皆さま約50名。まずは江之浦測候所の全貌を知るべく、小田原文化財団の方の案内のもと、施設内を巡る見学ツアーがスタートしました。
ツアーは明月門をくぐるところから始まります。実はこの門、鎌倉にある臨済宗建長寺派の明月院の正門として室町時代に建てられたものです。1923年の関東大震災の時に半壊すると、何度かの解体移築を経て、表参道にある根津美術館の正門に。そして、2006年に根津美術館の建て替えを機に小田原文化財団に寄贈され、江之浦測候所の正門として再建されました。
オフィシャルガイドブックにも記載されているこうした基本情報に加えて、今回のツアーでは小田原文化財団の方が裏話などを交えながら見どころを解説。これによって施設内に設置されているさまざまなものがより強く印象に残ります。例えば、明月門の左側にある大島桜は門ができる前からあったもので、この桜の木を保護するために門の位置が現在の場所に決まったとのこと。こんなエピソードを聞くと、桜の花の咲く頃に再び訪れたくなります。
明月門付近にある東大寺七重塔礎石は、東大寺創建の頃に金堂の両脇にそびえていた高さが100メートル以上あったと言われる東塔の礎石と推察されます。落雷や焼き討ちで塔が消失したあと、藤田美術館創設者の藤田伝三郎の屋敷に据えられていたもので、礎石としては国内最大級です。小田原文化財団の方によれば、この礎石は重さが12トンあり、トラックでギリギリまで運んできたあとに石工の方がコロを使って1週間かけて現在設置されている場所まで持ってきたそう。実は見えている部分の倍くらいが地中に埋まっているとか。そう言われると、礎石が今そこにあるありがたみが倍増します。
施設を象徴するトンネル状の建造物、冬至光遥拝隧道。冬至の日の出の光が通り抜けるように差し込むつくりになっているこの場所は、コールテン鋼でできていて、四角い筒形に加工したあとに1年間野晒しにして錆させてから今の場所に設置されたとのこと。これによって錆が皮膜になり、それ以上錆びなくなるとか。
このような感じで次々と明かされる裏話の数々。施設内に設置されているものへの興味を掻き立て、距離感がグッと縮まるようなお話ばかりで、見学ツアーに参加した皆さまは江之浦測候所の魅力にぐいぐい引き込まれていきました。
ちなみにもうひとつだけ小田原文化財団の方のお話をご紹介すると、杉本氏は江之浦測候所の本当の完成は5000年後だと考えているそう。ガラスは割れ、廃墟となっても遺跡としていかに美しく残っていくかを目指しているとか。
こうしたエピソードから、杉本氏の知られざるお人柄や思考までも伺い知ることができる、中身の濃い見学ツアーとなりました。
90分ほどの見学ツアーを終えた参加者を待っていたのは、江之浦測候所内の柑橘畑で収穫された柑橘で作ったスカッシュです。すっきりとした後味ながら濃厚な甘味が、参加者の乾いた喉を潤し、体の疲れを癒してくれました。そして、しばしの休憩を終えると、参加者は待合棟へ移動。いよいよ杉本博司氏と橋本麻里氏のトークが始まります。
内容は江之浦測候所のエピソードやこの場所とも関連性のある国内外の最近のプロジェクトについて、スライドを使いながら杉本氏が説明。橋本氏がモデレーターを務めながら、和やかな雰囲気でトークは進んでいきました。
例えば、施設内にある「数理模型0010 負の定曲率回転面」について、東大の数理学教室にあった三次曲面の数式をビジュアル化した石膏モデルを元に、日本の素晴らしい工作機械を使って制作されたものだと話す杉本氏。そこから同じ数理模型を元にしたサンフランシスコのトレジャーアイランドの最新作へと話が広がっていきます。
また、ワシントンD.C.にあるハーシュホーン博物館と彫刻の庭のリニューアルデザインを杉本氏が手がけるというお話の中で、ポイントとして言及されたのが石垣。彫刻の庭に日本風の穴太(あのう)積みの石垣を築くために、江之浦測候所も手がけた穴太衆と呼ばれる石工を3ヶ月ほどアメリカに派遣。現地の石工をトレーニングすると話す杉本氏。その話を聞くと、江之浦測候所に無数にあるさまざまな石の見方がなんだか変わってくる気がします。
さらには茶室や茶の湯の話から、千利休と美術家のマルセル・デュシャンには共通点があるというお話や、「甘橘山 春日社」にまつわる秘話などを次々と明かす杉本氏。時にお話が脱線しても橋本氏が軌道修正しながら、ほかでは聞けないであろう貴重なトークは尽きることがありません。
最後は参加者からの質問コーナーへ。“左右対称性の美学は日本だけのものか否か?”のようなトークでお話された内容をもとにした質問に、会場は再度盛り上がりを見せました。
トークのあとはLOUNGE SIXのエントランスでも皆さまをお迎えする杉本氏の代表作「海景」が展示された「夏至光遥拝100メートルギャラリー」に場所を移して懇親会を開催。杉本氏と直接話すことができる絶好の機会を皆さま存分に楽しまれていました。
夕刻迫る相模湾の海景を眺めながら、半日をかけたCREATIVE SALONは閉会。第六感を刺激する贅沢な小旅行となりました。
Photos&Text: Hiroya Ishikawa
Edit: 81 Inc.