香りを嗜むと見えてくる、
感性と本能の小宇宙。
香道志野流×フエギア 1833
GINZA SIXがVIP会員の皆さまにお届けしているリベラルアーツプログラム「CREATIVE SALON」。今回は「香りが呼び覚ます感性と本能〜香道志野流・フエギア 1833〜」と題した香りの宴が催されました。会場となったのは虎ノ門にある曹洞宗の名刹、〈青松寺〉に建つミシュラン2つ星の料亭 〈精進料理 醍醐〉。抽選でご当選されたVIP会員15組30名様をお招きし、志野流香道の聞香体験や〈フエギア 1833〉のフレグランス体験、そしてお二人のクロストークへと濃密な時間が流れていきました。
日本の伝統文化である“香道”と〈フエギア 1833〉の“香水”。国も文化も異なる両者ですが、香りという共通項を掘り下げていくと、森羅万象への感謝の思い、物事の本質を楽しむヒントが見えてきました。
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写真/1枚目:若宗匠のお手前による「聞香」体験が始まる。2枚目:丁寧かつ美しい所作の一つ一つに魅せられる。3枚目:香炉の中に、小宇宙、森羅万象を表現する中国の古代装飾を施して灰の表面を整える。感性を研ぎ澄ませ、
心を傾け、香りを「聞く」。
今回講師として招かれたのは、室町時代より続く志野流香道、二十一世家元継承者・一枝軒宗苾(いっしけん そうひつ) 若宗匠。アルゼンチン・ブエノスアイレス発のフレグランスブランド〈フエギア 1833〉の創業者であり調香師のジュリアン・ベデル氏。そして志野流に入門して約20年の社中でもある、雑誌『BRUTUS』編集長の田島朗氏もイベントに参加しました。静寂と程よい緊張感の中、香りの深淵へ迫る旅がスタートします。
まず参加者が体験したのは、「聞香(もんこう)」。香道の世界では、香りを「かぐ」ことを「聞く」といいます。感性を研ぎ澄ませ、心を傾けて、その香りとゆっくり向き合うという意味が込められています。
そもそも香道とは、「沈水香木(じんすいこうぼく)」と呼ばれる天然の香木を香炉の上で炷(た)き、放たれる芳香を楽しむもの。今回は志野流に伝わる最上品の伽羅をはじめ、3種類の香を聞く趣向です。道具と向き合い、森羅万象に感謝し、宇宙を感じる。若宗匠のお手前は、一つひとつの所作が丁寧で美しく、思わず見入ってしまいます。
「神とつながるイメージで、心を研ぎ澄ませて、香炉の中に宇宙を描いてきます。香木にとっての最高のステージを整えてあげるということです」(若宗匠)。
香を炷くにはさまざまな形式がありますが、その基本は、稀少な天然香木を敬う尊敬の念にほかなりません。
写真/1枚目:志野流に代々伝わる香道具の数々。江戸時代中期頃より、工芸的価値の高い香道具が数多く製作された。2枚目:火箸で山の頂きから香炭団まで火気を通す「火窓」を作る。香炉の中に埋めた小さな香炭団(こうたどん)の熱によって香りが醸し出される。3枚目:炉の灰の山の上に銀葉(雲母の板)を載き、その上に香木を置いて香りを聞く。「香炉が回ってきたら、自分が香りを聞く前にまずは自然界に感謝してください。右手を筒状にして香炉を覆い、鼻に近づけて3回ゆっくり深く聞きます。自分自身と自然界、宇宙が繋がることをイメージしながら聞いてみてください。心静かに大地からのメッセージを感じ取ります」と、若宗匠によるお手前と作法の解説が済むと、静寂の中、一人ずつ順番に香炉が回されていきます。
写真/1枚目:深呼吸をするように深く3回香りを聞く。2枚目:若宗匠のお手前に倣って、ベデルさんも聞香を体験。「この香木の名前は、『今朝の初雪』です。初めて雪が降った朝、静かな、落ち着いた朝を迎えるイメージです。香道では、約1年、一つの香りと向き合い、何度も何度も香りを聞いてこの香木に名前をつけます。
これは私の父が名前をつけたものですが、香木の名のほとんどは千年前の和歌などをインスピレーション源としています。香道では、古の人の思いを感じとることも大事です。さまざまな景色や経験、人生の思い出の引き出しが多いほど、多くのことを感じることができるでしょう」(若宗匠)
写真/香りを全身で感じ取るように、深呼吸と共に香りを聞くベデル氏。ベデル氏、香りを聞く。
一つの植物と向き合う時間。
若宗匠のお手前に倣い、さっそく香りを聞くベデル氏。
「とても深い」と、噛み締めるようにポツリと言葉が漏れます。
「一つの香りに向き合い、植物のエネルギーに集中することは、私にとってとても美しいトレーニングになります。普段フレグランスの作品を生み出す際には、たくさんの種類の植物を使うことが大切だと考えていますが、聞香のように一つの植物と向き合うことで、沈香という同じ植物でも新しい表現に気づくことができます。
そしては聞香では、温度も重要な要素なのですね。熱という新たな作用によってまったく異なるキャラクターが引き出されるのがとても魅力的ですね」(ベデル氏)
「やはりベデルさんは感性が研ぎ澄まされていますね。現代人の感覚だと、この香りを“弱い”と感じる方が多いかもしれません。ですが、これを弱いと感じるのは、感覚が鈍くなっているとも考えられます。この香りから、これ以上ないというくらいに十分香りを感じとれる感覚を私たちは取り戻さなければいけません。この小さな一欠片の香木の中に、地球の、大地のエネルギーやメッセージが詰まっているのです」(若宗匠)
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写真/会場に並べられた〈フエギア 1833〉の「ウード オブ ザ ワールド」最高級コレクション。
香りの魔術師、
ジュリアン・ベデルの世界。
香道体験が終わると会場を移り、ベデル氏によるフレグランス体験とお二人のクロストークへ。
アルゼンチン出身のベデル氏はユニークな経歴の持ち主です。クリエイター一家に生まれ、幼い頃からアートに触れる環境で育った彼は楽器制作に興味を持ち、12歳で「ギターを作りたい」と専門学校へ。やがて音符や楽器に代わる自己表現の手段を求め、たどり着いたのが「香りの表現としての植物の分子」でした。
現在はウルグアイに約50,000㎡の自社農園を所有して、100種類を超える南米由来の植物を育て、その原材料をミラノにあるラボに運んでフレグランスを作っています。
「植物のスピリットをどう表現するかということに重きをおいている」と話すベデル氏。会場には沈香の研究を重ねて開発された「ウード オブ ザ ワールド」の最高級コレクションがずらりと並びます。同シリーズは、実は日本の香道体験からインスパアされたといいます。
カンボジア、ミャンマー、ベトナムなど中東アジア原産の貴重な“香木=沈香”に敬意を表して作られたこのシリーズには、伝統的な技法によって採取された「天然ウード(沈香)」と、ベデル氏が植物学的な観点から生み出した独自のバクテリアを注入して作られた「アブソリュート」があります。特に「アブソリュート」は、ベデル氏の植物、なかでも樹木に対する並ならぬ探究心の結晶です。香木の中でもとりわけ貴重とされている伽羅は、学術的には東南アジアで作られたもののみが「伽羅」とされています。その香りの特性を南米の樹木を使って生み出そうというのがベデル氏の挑戦。
「伽羅が抽出される植物の一つにアキラリア属というものがあります。それらの植物の分子を分析していると、ある南米由来の植物にも非常によく似た素性があることがわかりました。並行して芳香を引き起こすバクテリアを研究し、それらを南米由来の植物に注入すると、伽羅と同じ反応を起こす植物を生み出すことができたのです。
同じ特性の香りでも、南米とアジア、植物の原産国によってそれぞれの土地を想起させるのも非常に興味深いです。私は、伝統的な天然ウードと南米の世界を“香り”という表現でつなぎたいと考えています」(ベデル氏)
「香木といっても、木そのものが芳香を放つのではありません。自然に枯死したり、バクテリアによって朽ちた木の樹脂が、土中に埋もれている間に木質に沈着し、それを熱すると香りを発するのです。ベデルさんは、まさに独自の研究で植物が何百年という歳月をかけて自然に生み出す芳香を、人工的に作り出しているということですよね。
香木は限りある資源であり、失われていく運命のものです。私自身、自然や伝統と向き合いながら、未来に向けて自分ができることを日々模索しています。まさに自分がやりたいと思っていたことをすでにベデルさんがやられていて、大変感服しております」(若宗匠)
写真/1枚目:「ウード オブ ザ ワールド」のコレクションを堪能しながら、若宗匠も国境を越えた香りの旅に思いを馳せる。「今日の香道体験で最も感動したことの一つに、温度があります。フレグランスでは何百、何千という種類の植物と向き合っていますが、熱に対してはあまり取り組んでいませんでした。今日こうして、いかに温度というものが大事なのかということを改めて認識させていただきました。
同じ香りを聞いても、その人によって感じる印象、呼び起こされる記憶や瞬間はそれぞれ違います。香りを通してたくさんのイマジネーションを得て、考えることがなにより素敵なことだと思うのです。私も今日のイベントを通して、たくさんの脳の気づきを体験させていただきました」(ベデル氏)
「人間は思考することによって、あらゆる事象を深く感じ入ることができる唯一の生き物ですよね。にも関わらず、情報量の多い現代において、人々は感じ、考えるということを蔑ろにしています。この“自ら考える”ということがいかに楽しいことか。自身の感覚に集中し思考の旅に出ることは、新たな世界の扉を開いてくれます。今日のイベントで、 “考える香り” という一つの命題が得られましたね。そしてそのヒントは、植物が与えてくれるのです」(若宗匠)
ベデル氏のウードに対する驚くべき探究心と香りに向き合う姿勢に若宗匠も深くうなずき、饒舌にトークが展開していきます。国も文化も異なる二人ですが、香りに対する思いの深さはまるで等しく、時間も空間も超えてつながる香りの話に会場も熱心に聞き入ります。
イベントでは、沈香の葉を用いた「沈香茶」や香道にちなんだ干菓子「源氏香」が提供されました。また、〈精進料理 醍醐〉のご主人 野村祐介氏によるラ・フランスを使ったオリジナルカクテルも振る舞われました。
目眩く香り、お二人の刺激的なトーク、そして味覚と、まさに五感で味わい尽くす深く新鮮な会となりました。トーク終了後も、香りの余韻を味わうように、参加者と講師のお二人との和やかな懇談が続きます。
香木と香水、
ふたつの香りを楽しむ。
イベントには『BRUTUS』編集長であり、志野流香道の社中である田島氏も参加。今回のプログラムを通して、どんなことを感じ取ったのか、最後にイベントを振り返っていただきました。
「私も香道を習い始めて20年近く経ちますが、その中でも一番と言っていいほど新鮮な会でした。若宗匠とべデルさんが、トークイベントが終わった後も舞台裏でずっと話し込んでいたのを興味深く覚えています。
そばでお話を聞かせてもらっていたのですが、やはり“香り”に人生を捧げ、それを未来へとつなげていこうとされているお二人のヴィジョンに感服しました。フエギアの香りは植物由来の原料を用いた、いわば“生命”を感じる香りだなと常日頃から思っていたので、そういう意味でも若宗匠の琴線に触れるものがあったのかもしれません。
なにか一緒にやりたいね、というお話をされていたので、もしそれが本当に実現したら楽しみですし、その時は『香り』の特集をぜひ組んでみたいです」(田島氏)
カルチャー、ファッション、トラベル、フードなど、毎号、異なるテーマで特集が組まれる『BRUTUS』。誌面には著名なクリエイター陣も登場し、毎日を楽しむための“あらたな視点”を提案してくれます。現在は、1000号記念特集『人生最高のお買いもの』が販売中。これからの時代の“人生最高のお買いもの”には、いったいどのようなことが求められるのでしょうか。
「お買いものとは、その人の価値観や人生観が現れる一番の行動だと感じています。何を求め、何を手放さなかったか。それは必ずしも高価なものだけに限らないと思います。ブルータスという雑誌は、すべての特集が素晴らしい表現者の皆様のご協力で成り立っています。今回、1000号を迎える特集を考える中で、今までにお世話になった方々に登場していただくにあたり、その人その人それぞれの魅力を伝え、かつ読者が記事を読んで追体験できるような企画として考えました。“人生最高のお買いもの”とは、その人にとって生きる喜びになったり、辛い時に心を慰めてくれるような存在のものだと思います。そしてそのようなものを人生の中で見つけられたら幸せなのではないでしょうか」(田島氏)
GINZA SIXの「CREATIVE SALON」が提供しているのは、体験という価値。アーティストや文化人を招いて開催するリベラルアーツのプログラムは、日々、あらたな視点を提案する編集者の目にはどのように映ったのでしょうか。
「人間にとって一番の悦びとは、心が満たされている状態だと感じます。自分にとって魅力的な品物を買って大切にすることもそうだと思いますし、同時に、心を豊かにする至極の体験を重ねていくことで得られるものだと考えます。GINZA SIXの空間で、ショップの方々と会話を楽しみながらお買い物をされるお客様は、きっと物質そのものを手に入れたいというよりも、その体験にお金を払っているのだと感じます。
そういった意味では、そのような顧客の方々に他では真似のできない文化体験を提供し続けるという取り組みは理にかなっていると同時に、素晴らしい取り組みであると感じます」(田島氏)
今回、雑誌『BRUTUS』とのコラボレーション企画が実現し、「人生最高のお買いもの」特集号でもイベントのレポートを読むことができます。また、GINZA SIXのオリジナルポッドキャスト「銀座は夜の6時」でも一枝軒宗苾若宗匠とジュリアン・ベデル氏のクロストークをお楽しみいただけます。ぜひそちらもチェックしてみてください。
Photo:Shingo Wakagi
text:Chisa Nishinoiri
Edit:Rina Kawabe(Edit Life),Hitoshi Matsuo(Edit Life)