GINZA SIX magazine - Spring 2021 The Joy of Fashion and Art
その朝は車を走らせていた。去年の11月のことである。冬になる直前の街の匂いを嗅いでおこうと、窓を下ろして心の風通しもよくしてから、職業病でもあるのだが、今どきの世間の興味にもタッチするべくラジオのザッピングを始めた。
間髪を入れず耳に飛び込んできたのは、リアルタイムでは知らないけれど、聞き覚えがある昭和の名曲。たしか女性の歌だったはずなのに、今の歌謡曲にはない剥き出しの恋の歌詞を、男性が圧倒的な情緒でカバーしていて、その声の瑞々しさと、何より嬉々と歌い上げる歌い手のたましいのようなものに、放心した。
なんにせよ忘れていたような気がする大切なもの、よろこびが、その声にはあふれ出ていていた。
翻って最新号の『GINZA SIX magazine Spring 2021』も、音楽と同じように心を磨いてくれるファッション、そしてGINZA SIXが標榜するアートを主語に、もう一度、そこにある“JOY”を愛でられたらと、まとめさせていただいた。
紙でできた花を文字とした表紙の“JOY”は、昨年コロナ禍のGINZA SIXで希望という名のインスタレーション“into hope”を発表したフラワークリエイター篠崎恵美さんがアーティストとして取り組むプロジェクト「PAPER EDEN」によるもの。聞けば、手芸がよろこびである彼女の母がよく作っていた紙の花、手から生まれた何気ないもののあたたかみを、その造形をグラフィカルに捉え直した作品を通して、世の中が今よりシンプルだった時代の記憶として継承していきたいのだという。今回はあえてその自由な発想に委ねてポピー、ステファノシス、ダリア、マダーを制作いただいたが、どの花々も虫や風に媒されて命をつなぐ雌蕊と雄蕊までが緻密に表現されていて、他者とのディスタンスを余儀なくされた世界で普遍的な自然の営みに立ち戻らせてくれるアートでもある。
なお、冒頭で触れさせていただいた歌い手はというと、ご存じエレファントカシマシのフロントマンで、ソロとしての傑作カバーアルバム「ROMANCE」で、好きと己を信じ続ける旅路を示した宮本浩次さん。ちなみに篠崎さんは宮本さんが昨年リリースした大きな愛を歌ったシングル「P.S. I love you」のジャケットのビジュアルにも参画されていて、稀代のミュージシャンの手に束ねられたカラジェームの花言葉がよろこびであることは、偶然の余談である。
GINZA SIX magazine 編集長
岡田 有加
マガジン配布中。
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