Connecting Past and Present 類稀な素材がつなぐ過去と現在
Interview with Thierry Wasser
Master Perfumer
高級フレグランスメゾンとして名香を世に出し続けている「ゲラン」は、創業を1828年に遡る。4代目調香師のジャン・ポール・ゲランの後継者として、創業家のメンバーではないティエリー・ワッサーが2008年に5代目調香師に就任したことは香水界を超える大きな話題となった。
「それまでは香料会社で香水創りに専念し、その仕事に満足していたので躊躇しました。ゲランでは香水の製造や原材料の購入についていちから学ぶ必要があり、似て非なる職業です。当時47歳。キャリアの頂点にいるべき年齢で、新しいことを学びたいか? と自問自答して…。その答えが5代目調香師を引き受けた最大の動機であり、着任後はジャン=ポール・ゲランと一緒に工場へ行き、花、樹木、根茎を探し求めて世界を巡りました」
〈ゲラン第5代目調香師ティエリー・ワッサー〉
もっともティエリーとゲランの香りの関係は、彼が13歳の時に始まっている。童顔を同級生たちにからかわれた彼は、男の香りとしてゲランの“アビルージュ”をつけることにしたのだ。勇気を後押ししてくれ、ステータスを得るための一種の扮装の道具として。近頃は彼同様、自分自身のために香りをつける人が増えているという。こうした人々に、香りは衣服同様に生活の一部で、エッセンシャルな存在だ。
「新型コロナウイルスが登場し、忘れられがちな感覚だった嗅覚がいかに大切で、感情に結びつく感覚だと人々は以前より注意を払うようになりました。思いがけないことでしたね。香りの傾向は社会の動きと連動しています。自然の力への希求はコロナ以前からあり、コロナ以降はそれがメディシナルな方向、芳香で保護する、という方へ向かうのではないかと感じています」
〈ゲラン一家が暮らし、クリエーションを行なっていたシャンゼリゼ大通り68番地の建物〉
頭の中のイマジネーションで旅をする作業である創香にパンデミックは何の影響も及ぼさないが、季節の素材である原材料の供給が減るという状況は避けられなかったと語る彼。
「この原材料こそがゲランで守られるべき財産なのです。“シャリマー”のヴァニラは“アビルージュ”と同じ、“アクア アレゴリア”のベルガモットは“ミツコ”と同じ、というように。僕は今の原材料を使って、最も古いコンポジションである1853年のオーインペリアルを創っています。メゾンの歴史、今と昔をつないでいるのがクオリティーの高い原材料なのです」
〈1〜2階のブティックは6年前に改装されたが、歴史建造物に指定された1階には、1914年建築当時からの大理石のカウンターが残っている。〉
その素材に至高の賛美を捧げるシリーズが、2005年に生まれたラール エ ラ マティエールだ。素材のもつ様々な面に光を当てる芸術的感性がもたらすクリエーション。稀少な花々と極上の素材への情熱を、大胆かつ感性豊かに表現したコレクションで、今秋、生まれ変わって全国5店舗とゲラン公式オンラインブティックのみで展開される。新作の“ローズ シェリー”と“サンタル パオ ロッサ”はどちらもローズが原材料で、前者はロマンティックなフレッシュ フローラル、後者は力強く感応的なフローラル ウッディ。この2つはこの9月にGINZA SIX にもお目見えする。
〈19世紀のアーカイブからインスパイアされたアイコニックな新ボトルに衣替えしたラール エ ラ マニィエールのコレクションから、新作の“サンタル パオ ロッサ”と“ローズ シェリー”。各 66,000円(200ml)〉
Text: Mariko Omura
Photos: Masaru Mizushima
Editing Direction: Yuka Okada(81)
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