【親子で楽しむ自由研究】
体験することで見えてくる、
“現代アートの入り口”とは?
東弘一郎|美術家 × SCUOLA GINZA SIX
子どもたちに学びの場を提供するワークショッププログラム「SCUOLA GINZA SIX」の第2回目の講師として登場したのは、東京藝術大学大学院在学中の美術家、東弘一郎さん。
藝大卒展のために東さんが制作した「無限車輪」は、廃棄された自転車の車輪56個をつなげて人力で一斉に回すことができる作品です。この発想は、東さんの地道なフィールドワークから生まれたもの。活動拠点の地元を歩き、その過程で見つけたものからクリエイションを広げていったそうです。また、東さんは茨城県日立市大みか町で開催される「星と海の芸術祭」の総合ディレクタ―も務めていて、この企画では地域企業との協働や地域資源に焦点を当て、「まちでつくる、まちとつくる」をテーマを掲げています。アートをもっと身近にとらえてほしいという東さんが、子どもたちに伝えたい、体験することで見えてくる“現代アートの入り口”とは?
フィールドワークを取り入れて、
現代アートを身近なものに。
東弘一郎さんのアート作品には、制作した地域の背景にある特性や、制作過程で生まれる“つながり”が組み込まれています。現在、東京藝術大学大学院 美術研究科 博士後期課程に在籍中。大学の卒業制作のために作られた「無限車輪」は、優秀作品に授与されるサロン・ド・プランタン賞(首席)を受賞したほか、TVや新聞、雑誌などのメディアに取り上げられるなど注目を集めています。自転車を漕ぐと、縦7列、横8列、計56個の車輪が一斉に動き出す「無限車輪」はGINZA SIXの三原テラスでも展示が行われました。そのスケールの大きさと連なって回り続ける車輪の景色に、終わりのない雄大なサイクルを感じます。車輪はよく見るといずれも錆びていたり、汚れていたり、古いものだとわかります。これは、東さんが現在活動を行っている、取手市を歩いて見つけてきた廃棄自転車の車輪なのだと教えてくれました。
「作品を作る前に、まずはその町のことを知ろうと自分の足で歩いてみました。フィールドワークですね。その過程で、取手市は自転車の街として発展しようとした歴史があることを知りました。最初のきっかけは、何の気なしに話を聞いたおじいさん。『何かいらないものはないですか?』と聞いたら自転車が1台どころか3台、4台と出てきて(笑)。そこから家々に放置されている自転車を活用して、捨てられたものを現代アートの作品として命を吹き込むことができないかと考えるようになったんです」(東さん)
東さんが大事にしているのは、そういった作品制作に至るまでのプロセス。その過程を作品に組み込むことでアートの成り立ちを伝えたい、と言います。
「現代アートって“なんだかよくわからないもの”と言いますか、とらえ方が難しいですよね。でも、『こういう人と関わって、こうやってもらってきた自転車なんだよ』と話すと、ひとつの視点が生まれる。それがヒントになってアートの読み解き方が変わっていくんですよね。美術には詳しくないおじさんが“これは俺の息子の自転車なんだ”って作品をみんなに解説してくれることもありました。アートが、会話を生んで、人々に変化を与える。それが大事だと思うんです」(東さん)
今回、東さんがおおみかアートプロジェクト協力のもと行った子どもたちのためのワークショップも軸にはこの考え方が根付いています。
普段は体験することのない、
巨大スケールのもの作り。
ワークショップのために用意されたのは、古紙をリサイクルして作られた紙パイプ。それと輪ゴムだけ。
「今回、やりたかったことはシンプルなんです。子どもたちに自分のスケールを超えるものを作る面白さを知ってほしかった。自分の作品もそうですが、自分の身体の大きさを超えるもの作りって、なかなか体験できないですよね。コロナ禍では図工の授業も一人ひとりでやるものがほとんどだと思います。ひとりの手の中でおさまる作品作りしかできていないんじゃないかな、と。だからこそ、みんなで協力してひとつの大きなものを作る体験をしてみてほしかった。紙パイプは1.2mの長さがあります。これは大人にしてみると3mのパイプをもっている感覚。とても大きなものを持って作り上げる経験によって、“普段得ることのできない何か”を感じてもらいたかったんです」(東さん)
まず最初に紙パイプ3本を輪ゴムでつなぎ合わせて三角形を作ります。それをさらに3つ組み合わせて、子どもたちと同じくらいの大きさの正四面体に。立体の形になると、それだけで子どもたちはワクワク。世界が広がっていきます。続いて、みんながそれぞれ作った正四面体を組み合わせてトンネル作りのステージへ。最初は「やりたくない!」と紙パイプで別の遊びをしていた子どもも「形」がみえてくるとアイデアが生まれてくるようで「ここはもっと高くしよう!」と屋根を伸ばしたり、「この通路を伸ばしたい」という発想が生まれたり、どんどん紙パイプのトンネルが拡張していきます。
パイプ1本だと見えない景色が、
徐々に、子どもたちに見えてくる。
紙パイプのトンネルは気づけば大人の身長も超える大きさに。「ぐらぐらした時は、どう支えたら安定するかを考えてつなげてみようね」。サポートするスタッフのアドバイスを聞きながら、いろいろと考えながら組み立て作業が続きます。子どもたちでは手が届かないところはパパやママも参加してお手伝い。気がつけば大人も夢中になって「もっと安定させて広げるにはこうしたほうがいい」と真剣な議論が広がります。
「それもひとつの狙いだったんです。子どもたちを見守るだけじゃなくて、大人も参加したくなる企画にしたかった。大人も『子どもたちがこうしたいんだ』というのがわかるとアイデアが膨らんでいくじゃないですか。すると自ら手を動かさざるをえない。『気づけば一緒になってトンネル作りに夢中になっていた』というお言葉もいただけて嬉しかったです。子どもたちが作ったトンネルをくぐる、という、大人が子どものスケールを知る体験、という点もこのワークショップのポイントなんですよね」(東さん)
ここにパイプを通したい、と高い場所の作業をするときは抱っこをしてもらって。親子で協力しながら、紙パイプのトンネルが完成しました。子どもたちは「ここが入り口、ここに部屋があって、ここは屋根になっているんだよ!」と自分たちが作り上げた“作品”をそれぞれ解説してくれます。
「不思議ですよね。パイプ1本だと見えてこないものが、形を作って、組み合わせて一つの造形になると、子どもたちの中で自由な設定が生まれていく。これが現代アートにつながる発想だと思います。そういう感じ方、考え方の入り口を感じ取ってもらえたら嬉しいです」(東さん)
休憩を挟みながら約1時間の制作の末、遂に完成! 最後にみんなで鑑賞会と記念撮影も。それぞれ組み立てたトンネルのどこが好きか、どこがよくできたと思うかを発表しあいました。
読み解き方がひとつわかれば、
アートはより面白くなっていく。
そもそもこのワークショップのアイデアは、東さんが高校の教育実習に出向いた際に行った授業がきっかけになっていると言います。
「最初は、割り箸だったんです。割り箸を使った小さなマケット(模型)作りをしました。割り箸の端を割って、別の割り箸を挟む。学生にはその単純なルールだけを与えて、次にどうつなぐかは隣の人に渡していって、それが最終的にどういう造形になるか、というのをやりました。それを洗濯バサミでやったらどうなるか、教室の机と椅子でやったらどうなるか、とスケールを変えていきました」(東さん)
東さんが高校の授業で教えたかったことと、今回のワークショップで伝えたかったこと、そしてご自身の作品制作にもすべて繋がっている、プロセスに思考を巡らすことの大切さ。
「現代アートの解釈ってなかなか難しいじゃないですか。作品の横についている説明書きのキャプションを読んでも、いったいどうやって作品を見たらいいか、わからないことも多い。授業やワークショップでやったことは、簡単なルールというコンセプトだけですが、でもそこに決まりごとがあることを自分の体験として知ると、なぜこういうわけのわからないものができ上がったのかが理解できるようになる。その感覚を知ってほしかったんです」(東さん)
「アートはひとつ読み解き方がわかれば、ヒントが増えて面白くなるはず」。東さんはそう熱弁します。東さんが現在進めている芸術祭「星と海の芸術祭」でも、現代アートと街をつなげて、新しいアート発信のあり方を画策中。ここでも新しいアート体験に出会えそうです。
まちでつくる、まちとつくる。
東さんが企画するアート展。
「今回、ワークショップを一緒にやったおおみかアートプロジェクトのメンバーと茨城県日立市にある大みか町で芸術祭を行います(8月11日〜8月28日)。地元の方からなにかできないかと相談を受けて、実際に大みか町を訪れたんです。そこには日立の製作所があり、町工場がとてもたくさんあるものづくりの町だとわかりました。ものづくりとアートは当然のことながら相性がいい。そこで、『まちでつくる、まちとつくる』をテーマにアートイベントができないかと考えたんです」(東さん)
駅前に「無限車輪」が登場するほか、地元の歴史ある大甕神社や久慈町漁港、海水浴場がメイン会場に。東さんの声がけで集まったアーティストたちが参加するほか、遺跡やまちの産業を案内するフィールドワーク要素を取り入れた「大みかまちなかツアー」や地元の工務店での木工ワークショップや交流センターでの空き缶ワークショップなども予定されているので、興味がある方はぜひご参加を。
その作品をどこで作り、どこに置くのか。制作において、その場所との結びつきを常に大切にしている東さん。アートの面白さ、楽しさだけでなく大みか町の魅力もこの芸術祭を通して伝えてくれそうです。
「僕がやっていることは彫刻などを作ることとはちょっと違うんです。ものと向き合って、形がどうだ、重心をどこに置こうか、とかそういうことを考えるんじゃなくて、いろんな人との関わりを作品に落とし込みたいんですよね。だから、フィールドワークをして、おじいちゃん、おばあちゃんとか土地の人と話して、ときには畑の野菜やお菓子などをいただいて(笑)。そういうつながりがわかるような形で作品を作っていきたいんです。
僕の作品には関わってくださった工務店の名前もクレジットしていて。その工務店もできれば作品を置く地元の方々にやってもらっているんです。ある日突然、どこかから有名な作品がやってきて、誰か知らない人に設置されるより、地元の工場で作ったものを地元の業者の方々が設置して、その町に置いたほうが、地域の人々に受け入れられやすいと思うんですよね。地元で作った作品なら何かがあって壊れたときもすぐに直せますし、愛着も湧く。もっと言えば、工務店の人が自発的にアートを作ったっていいと思うんです。現代アートってそれくらい自由でいいし、可能性のあるものであっていいと思うんです」(東さん)
東さんの作品は、この他にも新潟県の越後妻有で行われている「大地の芸術祭」で「廻転する不在」が展示されています。また、千葉県香取市佐原でもアートプロジェクトが始まっていて、今後はほかの場所でも作品作りをしてみたいとも。日本全国にある様々な場所で、東さんが町を歩き、人とふれあい、着想が生まれる芸術作品。今後どのような作品が誕生するのか楽しみに待ちましょう。展示はもちろん、その場所で出会う人々との何気ない会話からも、新たな世界が広がるかもしれない。そう思わせてくれるのも、東さんの作品の魅力なのかもしれません。
東弘一郎|美術家
1998年、東京都生まれ。アーティスト/東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程在籍/星と海の芸術祭総合ディレクター。自転車と金属を組み合わせて、主に動く立体作品を制作している。宮田亮平賞受賞。サロン・ド・プランタン賞受賞。 主な展示に、大地の芸術祭2022、第24回岡本太郎現代芸術賞展など。
Photo:Masanori Kaneshita
text:Kana Umehara
Edit:Rina Kawabe(Edit Life),Hitoshi Matsuo(Edit Life)
ABOUT SCUOLA GINZA SIX
GINZA SIXが企画運営を行う「SCUOLA GINZA SIX(スクオーラ ギンザ シックス)」は、次世代を担う子どもたちに向けたカルチャープログラム。「Enrich your creativity」をテーマに各界で活躍する一流の講師陣を迎え、カルチャー・アートを中心としたワークショップを開催していきます。今後の企画にもぜひご注目ください。