屋上庭園を散策して自然からアイデアを得て創造する、版画ワークショップ。
蟹江杏|画家 × SCUOLA GINZA SIX
生き生きとした動物たちや色鮮やかな草花、自身を投影したかのような少女の姿……版画だから生まれるかすれや滲みを活かしたハンドメイドの温かみが宿る、蟹江杏さんの作品。その手法はドライポイントというもの。ニードルなどで版を彫り、インクをのせて紙に印刷し、そこに彩色やデコレーションを施していきます。次世代を担う子どもたちに向けたカルチャープログラム「SCUOLA GINZA SIX」では、子どもたちと、この版画の手法にチャレンジしました。会場は、GINZA SIXの屋上。まずは、庭園にある植物を観察し、なにを描くかのヒントをもらいます。一体、子どもたちは何をみつけて、どんな版画を描いたのでしょう。
自然の中で発見や創造する、
バイオミミクリーを感じてほしい。
「みんながいるGINZA SIXの屋上には素敵な庭がありますね。いろんな植物があって、そこにはいろんな生き物もいます。さっき、ヒヨドリのご夫婦をみつけました。みんなは何をみつけられるかな。みつけたものを今日は版画にしてみましょう」。
そんな蟹江さんの挨拶からワークショップがスタート。雨上がりの庭園をまずはみんなで歩きます。
「山法師の花がさいてるね」
「紫陽花の蕾が膨らんできているね」
知っている植物の名前を言い合いながら、子どもたちと蟹江さんが自由に散策します。落ちている葉っぱや木の実、花びらを拾っている子も。
「そうそう、気になるモチーフがあれば拾っておくのもいいと思う!」
今回の版画ワークショップのポイントはこの自然観察からはじまるクリエーションであるということ。普段から自然観察をライフワークにし、草花や生き物が大好きという蟹江さん。作品にも自然から得たインスピレーションがたくさん詰まっています。
「実はGINZA SIXの屋上は大好きでよく植物や虫の様子を観察しに来ているんです。海鳥も見つけることができますよ、ここ。新幹線のフォルムが鳥の形からきているというのは有名な話しですが、そんなバイオミミクリーを子どもたちにも感じてほしいと思いました。身近にある自然からアイデアをもらえることは実はたくさんある。銀座という都会のど真ん中にいるからこそ、そこにあるいつも目にしている公園の木々やそこに暮らす小さな虫たちの中に、自分の創造性をみつけるということを経験してほしいなと思いました」
ワークスペースに戻ったら、いよいよそれぞれの作品作りがスタートです。
今回、アクリル板にニードルで線を彫り、版を作ります。まずは下書き用のペンで描きたいものをスケッチしていきます。子どもたちは、散策の間にアイデアがまとまったのでしょうか。迷いなくどんどんと描いていきます。気になった植物の近くに戻って、観察しながら描いている子も。下絵が出来上がったら、次はニードルで彫る作業。先が尖ったニードルの使い方は慎重に。彫りの深さでインクの入り方も変わってきます。強く彫ると強い線に、弱い線は繊細に仕上がります。はじめて使うニードルですが、みんな上手に使えていました。
版ができあがったら、いよいよ刷りの作業。黒いインクをのせて、プレス機で紙に刷ります。インクをいれる作業は蟹江さんと一緒に。「線にインクをいれたら、布で余分なインクを拭き取るんだけど、どれくらい拭き取るかもポイントなんだよ。拭き残しも意外と印象的にプリントされてでることがあるから、拭き取りすぎないのもコツ。どれくらいにするか、一緒に相談しよう」と、子どもたちと話し合いながらインクののせ具合を調整します。
プレス機にインクをのせた版を置き、その上に水で濡らした紙をセットします。重たいプレス機を手回しでゴロゴロ…とすると版のインクが紙に印刷されて出てきます。子どもたちは、みんな自分でハンドルをまわしてプレス。どんな感じで仕上がっているかな…? めくる瞬間のドキドキ感は格別。紙をめくったときには「わー!」と子どもたちの歓声があがりました。丁寧に彫った線は繊細な線画となり、そこに滲みが味となって浮き上がります。どの絵もとても素敵な仕上がり。想像以上の出来栄えに子どもたちも興奮を隠せません。
「版画って職人さんみたいで面白いでしょ?」と蟹江さん。今回、子どもたちに版画を体験してほしいと思ったのは、この順々にこなしていく手作業の楽しさを知って欲しかったからというのもあったそう。
「今回、版画を選んだのは、もちろん私が版画作家だからというのもありますが、手で彫って、インクをのせて、刷って、そこに色をのせる、という工程をぜひ体験してほしかったからなんです。工程が多いことは子どもたちにとってはちょっと負荷になってしまうかもしれないこと。また、彫る作業は曲がったり、細くなったり、太くなったりと、ペンで描くより思い通りにいかないことも多いです。でも、そういうアナログ作業の極致をぜひ体験してみてほしかった。タブレットでさらっと好み通りに描くことが簡単にできる時代だからこそ、筆圧の違いでどうなるのかとか、触った紙の質感やプレスする感覚など、負荷があって思い通りにいかないからこそ、生まれる喜びを知ってほしいと思いました」
ワークショップは一期一会。
“好き”な気持ちが残ればいい。
さらに、ここから彩色へ。固形絵の具を使ってプリントした線画に色をのせていきます。「薄い色から重ねてみてね」「プリントした黒い線を生かして色塗りするといいよ」などと蟹江さんはひとりずつにアドバイス。デコレーションにはスパンコールなども用意されていて、好きなものを貼り付けるのもOK。
色塗りが終わったら額装をしてもらい完成。出来上がった絵を額に飾ってもらうのもとてもいい経験です。一つの“作品”を完成させたという達成感をもらえるもの。最後に、子どもたちと寸評も。何を描いたのか、ひとりずつ作品の解説をしてもらい、蟹江さんも、子どもたち一人ひとりがどのように作品作りに取り組んでいたのかをコメントします。
「葉っぱの色をよく見て、固形絵の具を薄くなんども重ねて塗っていったのがよかった。色彩感覚がいいと思います」と具体的に感想とよかったポイントを丁寧に解説してくれます。よかったところ、できたところを丁寧に言ってもらえるのは、子どもたちの創作活動の励みにもなりそうです。
蟹江さんはアーティストとして活躍しながら、子どもたちとのワークショップをはじめてすでに25年が経つそう。のべ10万人(!)以上の子どもたちたちと接してきて感じることは「ワークショップでの出会いは一期一会」であること。その中で子どもたちにとって道端の花のような存在でいたいと教えてくれました。
「道端の花って記憶に残るか残らないかはわからないくらいの存在。でも、その場できれいだねと足を止めてもらうことはできる。そんな些細な引っかかりでいいと思うんです。1回だけのワークショップで教えられることはなにがあるのかと問われたら、実はそんなに教えてあげられることってないんです。学校の授業や毎週通っている習い事とは違うもの。だからこそ、ボクシングのセコンドのように(笑)、丁寧に声をかけて応援してあげたい。それで、いい作品を一緒に生み出して、一期一会でやってきてくれた子たちに“好き”だとか“楽しかった”という気持ちをできるだけ持ち帰ってもらうのが、私にできることかなと思っています」
そしてまた蟹江さん自身もそんな小さな“好き”の積み重ねで画家になったひとりだと話します。
「小学校1年生のときから絵を描くことが好きで、それをずっと続けているだけだと思うんです。絵を描くことは自分を好きでいられる行為。子どもたちにとっても、そういうものがずっと大人になるまで持ち続けてほしいなと思います。子どもたちに将来の夢はなに? と聞くと警察官とか保育士さんとか職業を答えるじゃないですか。私は、それはちょっと違うんじゃないのかな、と思っているんです。どういう職業につきたいのかももちろん大事ですが、それだけじゃなくて、どんなことを好きでいたら自分が自由で、楽しく生きていけるかも考えてみてほしいんです」
蟹江さんの世界を知る
自然を愛するための3冊。
絵を描くことともうひとつ、蟹江さんが自分らしくいるために続けているのが自然観察。
「まさに今日のワークショップと同じです。虫や鳥、植物を観察したり、落ちている羽をみつけたら拾ったり。森の中にライトトラップ(灯火採集)を作って、そこに集まってくる昆虫を撮影したり、観察したり……そういうことが好きなんです」
蟹江さんのスマホの写真フォルダには、集めた羽根、虫、蛇や鳥たち、蜘蛛の巣などの写真がたくさん詰まっていました。自然が生み出した造形美や自然が教えてくれることの大切さ。蟹江さんが愛する世界を知ることができる、おすすめの本を3冊教えていただきました。
『スフィンクスか、ロボットか (はじめて出逢う世界のおはなし)』
著/レーナ・クルーン 訳/末延弘子(東宣出版)
「フィンランドのSF小説家で哲学者のレーナ・クルーンは高校生の時からのファン。この短編集に収録されている『太陽の子どもたち』というお話を今、アニメーションにしようと思って制作を続けています。レーナの作品は難解なものも多いのですがこのお話は、お花屋さんでアルバイトをする主人公の姿を通して、植物と人間のあり方が語られていて、さまざまなことを考えられる“子どものための哲学書”のような物語。これからの時代を生きる子どもたちに読んでもらいたいです」
「西の魔女が死んだ」
著/梨木香歩(新潮文庫)
「中学に入ったもののどうしても学校にいくことができなくなった主人公が、おばあちゃんの家で暮らし始めます。魔女みたいな暮らしをしているおばあちゃんとの生活の中で、生きるコツを学んでいく、その姿にたくさんの共感があると思います。そして、ラストに語られる死生観にも驚かされます。コロナ禍もあり、移住だとか田舎暮らしが注目される昨今、大人たちにも改めて読んでほしい1冊ですね」
「世界一うつくしい昆虫図鑑」
著/クリストファー・マーレー 訳/熊谷玲美(宝島社)
「これはもう日々の愛読書です。なんで虫が好きなのか、とよく聞かれますが理由はよく自分でもわからなくて。でも、観察すればするほど、知れば知るほど虫の世界は面白い。いちばん好きなのは、カメムシでしょうか。幼虫のカメムシは背中にスマイルマークがついているんです。“笑うカメムシ”などと言われています。それをみつけては、写真を撮っています。昆虫図鑑のほかにも鳥の羽根を集めた『羽識別マニュアル』(文一総合出版)もぜひ読んでみてほしい1冊。公園などで拾った羽根は、食器用洗剤で洗ってから熱湯消毒をして、ドライヤーをかけて乾燥させるときれいに保存ができておすすめです」
蟹江さんの好きな世界を知ると、その作品の魅力もより増すように感じます。もっと蟹江杏作品に触れたい方はGINZA SIX 5Fの〈Artglorieux GALLERY OF TOKYO〉で6月1日(木)から6月7日(水)まで開催される「蟹江杏 新作展」へ足を運んでみてください。スペシャルエディション「Whim」を中心に新作が一挙公開されるそう。この展示を皮切りに全国巡回を予定しています。
蟹江杏|画家
東京都生まれ。「NPO法人3.11 こども文庫」理事長。自由の森学園卒業。ロンドンにて版画を学ぶ。美術館、全国の百貨店や画廊で個展を開催。第14回ようちえん絵本大賞を受賞した絵本『ハナはへびがすき』(福音館書店)はじめ、著書多数。東日本大震災をきっかけに、NPO法人3.11こども文庫を設立。理事長として被災地の子どもたちに絵本や画材を届ける活動や、福島県相馬市に絵本専門の文庫「にじ文庫」を設立。文部科学省復興教育支援事業ではコーディネーターとして参画、全国で子どもたちとアートをつなぐ活動をしている。2022年7月、トヨタ「MIRAI」(長野トヨタ)のラッピングカーのために作品を提供。そのほかBMWジャパンのエコカー「i3」のキャンペーンカーや、JTA(日本トランスオーシャン航空)のイリオモテヤマネコ・デカール機など、企業とのコラボレーションも多数。2020年より「SDGs市民社会ネットワーク」と提携、アートがどのようにSDGsに参加し役立てるかを、さまざまな分野のアーティストたちと共に実施している。
Photo:Atsutomo Hino
text:Kana Umehara
Edit:Rina Kawabe(Edit Life),Hitoshi Matsuo(Edit Life)
ABOUT SCUOLA GINZA SIX
GINZA SIXが企画運営を行う「SCUOLA GINZA SIX(スクオーラ ギンザ シックス)」は、次世代を担う子どもたちに向けたカルチャープログラム。「Enrich your creativity」をテーマに各界で活躍する一流の講師陣を迎え、カルチャー・アートを中心としたワークショップを開催していきます。今後の企画にもぜひご注目ください。