
自然の魅力に触れ、学ぶ。吉野杉アートのクリエイティブなひととき
ニキ・ローレケ|アーティスト×SCUOLA GINZA SIX
4月17日から6月1日にかけて、GINZA SIXの屋上に登場した「ROOFTOP ART PARK」。202個の吉野杉が屋上庭園に広がり、幻想的な景色を生み出していました。この場所で2日間にわたり行われた「SCUOLA GINZA SIX」では、その協力パートナーである吉野杉の生産者、豊永林業の永田泰祐さんと大谷木材の大谷宏則さん、そしてアートを通した環境保全に取り組んでいるアーティストのニキ・ローレケさんを講師に迎え、「吉野杉スタンプでオリジナルトートバッグを作ろう」というワークショップを開催しました。
何百年も前から育まれてきた吉野杉の魅力を学ぶ
「SCUOLA GINZA SIX」は、「Enrich your creativity」をテーマに、次世代を担う子どもたちに向け、各界で活躍する講師陣を迎えてワークショップを行うカルチャープログラム。今回は自然を感じられるオープンエアの環境のなか、吉野杉について学びながら、実際に木に触れ、アートワークを行うことで、子どもたちが木や森に親しみを感じ、自然への敬意を育むことを目指します。
朝方まで降った雨も上がり、心地よい風の吹くなか、子どもたちが席につくとイベントがスタート。豊永林業の永田さんによる、吉野杉についてのレクチャーから始まりました。
「皆さん、奈良県には行ったことがありますか?鹿を見に行ったことがある人は?」
何人かの子どもが手を挙げます。
「その鹿がいるところの、地図でいうとずっと下の方にあるのが、私たちが働いている吉野という地域です。4月には桜がとてもきれいで、林業が盛んなところです。私のひいおじいちゃんのそのまたおじいちゃんの時代に植えた杉やヒノキが、100年かけて大事に育てられてきました」
吉野の地での林業は500年の歴史があり、ずっと受け継がれてきたもの。森の木も自然に生えているのではなく、人の手によって大切に育まれているのだということを初めて知った子どもたちは、もう興味津々です。
「では今日使うのは何の木でしょうか?」
スクリーンに森の様子や木の断面の写真などを映しながら、クイズ形式で次々と木のことを紹介していきます。
「答えは吉野杉です。吉野杉は軽くて柔らかく、強度があって木目が美しいのが特長です。そんな木を育てるために、私たちは毎日、1500ヘクタールの広い山林のなかで、1本ずつ丁寧にお世話をしています。密植といって狭いところにたくさん木を植えたり、間伐といって木を切って隙間を作ったりしながら、より良い木になるように工夫しているのです。こうして育てられた吉野杉は、昔はお城を作る材料になりましたし、今も家などの建物の柱や家具、食器など、大きいものから小さいものまで、幅広い用途に使われています」
自分で選んだ年輪で自分だけのトートバッグをデザイン
こうして杉の木について学んだら、いよいよ実際の木を使ってトートバッグをデザインします。
「まずはスタンプに使う木を選びます。好きなものを選んでください」
子どもたちは集まって用意された丸太を選び始めます。直感でぱっと決める子もいれば、撫でたり裏返したりしながらじっくり見比べてセレクトする子もいて、その選び方にも個性がちらり。さらにトートバッグの装飾のスタンプに使う小さな木片も選びます。
ここで大谷木材の大谷さんからのお話が。
「年輪というのは木が成長する時にできる輪っかの模様です。春から夏にかけては色の白い“夏目”、秋から冬にかけては木も冬眠するので、色が濃く幅の狭い“冬目”ができます。白と茶色の1セットで1年ということですね。では皆さんが使う木の年齢は何歳でしょうか?」
1年、2年…と子どもたちは一生懸命年輪を数え、その木が30歳であることを突き止めました。
「そう、30歳ですね。1週間前まで30年間、この木は山に立っていたんです。では、木に裏と表があることに気づきましたか?片面はツルツルでもう片面はザラザラしていますね。普通に切っただけではこのザラザラの状態になるので、“浮造り(うづくり)”といって、ブラシで表面を1個30分くらいかけて磨くことで、ざらつきがなくなり、また柔らかい夏目の部分が削れて硬い冬目の部分が残り、年輪がくっきりと浮かび上がってくるのです。これによって家具などでは木目が美しく見えますし、今日のようにスタンプにするなら、きれいな模様が出ます」
ここから版画の作業に入ると、アーティストのニキ・ローレケさんが実際に作りながら、子どもたちに手順を教えていきます。
「年輪を使って、自分らしいデザインを楽しんでみましょう。丸太は、そのまま使ってもいいけれど、職人さんに好きな形にカットしてもらって、その形を組み合わせてデザインするのも楽しいですよ。年輪の面に好きな色の絵の具をたっぷりのせて、トートバッグにぎゅっと押します。木は水を吸いやすいので、絵の具は水で溶かずにそのまま使うといいですよ」
絵の具を塗った年輪がバッグの模様になり、可愛いデザインができ上がっていく様子に、みんな釘付けです!
大切に育てられた杉の年輪がアートなデザインに
そしていよいよ、子どもたちも挑戦。
まずは職人さんにお願いをして、各自、丸太を好きな形に手斧でカットしてもらいます。なかにはホールケーキの1ピースのような少々難しいカットをお願いする、職人さん泣かせのリクエストも。
カットができたら次はスタンプ。特別なルールはありません。好きな色の絵の具をどんどん重ねていく子、お皿で絵の具を混ぜ合わせて、自分だけの色づくりにチャレンジしている子、練習用の布でじっくりイメージを考える子、みんなそれぞれに工夫しています。しっかりスタンプできるよう、体重を全部乗せて頑張っている小さな子もいました。
年輪スタンプでメインの形を作った後は、これも自分で選んださまざまな大きさの木片でスタンプを足して、細かなデザインを加えていきます。最後に筆で描き加えて仕上げる子も。
ニキさんがその様子を見ながらアドバイスや感想を伝えると、ちょっと恥ずかしそうに耳を傾ける子もいて、みんな真剣。永田さんと大谷さんも、木と格闘する子どもたちにエールを送っていました。
ネズミとチーズ、猫、乗り物、蝶々、女の子…さまざまな形の木片からアイデアが広がって、世界でたったひとつのアートがついに完成です。
さらに、でき上がったトートバッグを手に、みんなで記念写真!
「杉のことを知れて楽しかった」「思ったより上手にできた」などと、思いを言葉にする子どもたちもいれば、保護者の皆さんからは「貴重な体験を通じて日本の文化・伝統を身近に感じられた」「自由な発想で取り組め、子どもの感性を引き出してもらえた」との感想も。
帰りには杉のお箸とコースターのセットのお土産が渡され、「私たちの地元は割り箸の発祥地です。切り落として捨てられるはずだった部分を活かして作るお箸は木材の有効活用になります。洗って何度でも使えるので、お家で使ってください」と永田さん。
一方でニキさんはこのイベントについて、「吉野杉を、丸い木だけでなく、いろいろな形やサイズを用意し、自由に組み合わせて動物や植物の形にしたり、幾何学的なデザインにしたりするのを楽しんでもらえたと思います。日々の生活のなかで意識していなくても、周りを見回すと木のおかげで家具や建物など生活の基盤となるようなものが作られています。常に木の恩恵を受けているということを感じられたらいいですね」とコメント。
大切に育てられた木の魅力と、子どもたちの自由な感性が出会ってでき上がった、魅力的な作品の数々。きっとこのトートバッグを見るたびに、一人ひとりの心の中に、吉野の森ですくすくと育つ杉の景色が浮かぶことでしょう。
ニキ・ローレケ|アーティスト
東京出身。ドイツ人と日本人の間に生まれる。東京、ロンドン、ニューヨークでの生活を経て、ワシントン州の小さな島に拠点を移す。森の中で自給自足の生活を経験し、アートを通して環境問題に取り組むことを決意する。その後世界中を旅し、2020年より拠点を日本に置く。アートを社会変革や平和的な活動のためのツールとして、国内外のクライアントワークなどを通して活動中。心がワクワクすること、直感に従って生きること、絵を描くことが、人と自然が繋がることのできる方法だと信じている。
豊永林業株式会社
ほうえいりんぎょうかぶしきがいしゃ/1967年設立。日本で最も早く人工造林が始まった吉野の林業地で、現在16代目にあたる山主が所有する1500ヘクタールもの山林を管理。地拵え、植栽、下刈り、枝打ち、間伐など、日々山の整備に勤しむ。
株式会社大谷木材
かぶしきがいしゃおおたにもくざい/大正4年創業。奈良県下市町にて製材所を営む。地元吉野の銘木をはじめ県産材を中心に、素材の魅力を活かした品質の良い木材を造り出す。歴史博物館や店舗用の建築材、メディア向けのセット用材木など納材先は多岐にわたる。多くの家庭に無垢材を取り入れてもらいたい思いで、テーブルやまな板製作にも取り組む。
Photo:Kanako Noguchi
Text:Yurico Yoshino
Production:81 Inc.
ABOUT SCUOLA GINZA SIX
GINZA SIXが企画運営を行う「SCUOLA GINZA SIX(スクオーラ ギンザシックス)」は、次世代を担う子どもたちに向けたカルチャープログラム。「Enrich your creativity」をテーマに各界で活躍する一流の講師陣を迎え、カルチャー・アートを中心としたワークショップを開催していきます。今後の企画にもぜひご注目ください。