【親子で楽しむ自由研究】
VRカメラで3D映像を撮って、
メタバースな未来を身近に感じる。
八谷和彦|メディアアーティスト × SCUOLA GINZA SIX
次世代を担う子どもたちに向けた創造性を育むワークショッププログラム「SCUOLA GINZA SIX」。3人目の講師として登場したのはメディアアーティスト・東京藝術大学教授の八谷和彦さんです。今回、子どもたちが体験したのはVRカメラを駆使した3D映像の撮影とその上映。好きなぬいぐるみを被写体にして、自らの手でカメラを動かし、撮影を行いました。これからの社会はVRやメタバースの進化によってリアルとデジタルの世界がより密接に関わっていきそうなムードですが、今回のワークショップではそんな未来の片鱗を子供たちに体験してほしいという想いが込められました。
MAGAZINE|2022.08.19
ひとりで没入するのではなく、
みんなで楽しめる3D映像を。
「VR(バーチャル・リアリティ)」や「メタバース」という言葉を耳にする機会は増えたものの、実際にその世界が作られる過程については、知らないことも多いのではないでしょうか。メディアアーティストで東京藝術大学教授の八谷和彦さんは、「VRの世界をもっと身近に体験して欲しい」と、みんなで楽しめる3D映像の展示『Homemade CAVE』を発表しました。
メディアアートとは、コンピュータやエレクトロニクス技術を使った美術表現のこと。八谷さんはこれまでに、『視聴覚交換マシン』や『ポストペット』などのコミュニケーションツールや、ジェットエンジン付きスケートボード《エアボード》、メーヴェからインスピレーションを得たパーソナルフライトシステム《オープンスカイ》などの作品を発表してきました。どの作品もわくわくするアイデアが詰まった発明的な視点があって人々を楽しませてくれます。今回の展示作品『Homemade CAVE(ホームメイド ケイブ)』は、どのように生まれたのでしょうか。
「最近のメタバース体験というと、VRゴーグルを装着してひとりで仮想現実の世界に没入するものが主流です。それももちろん面白いのですが、コロナ禍で他者とのふれあいが少なくなった今、僕はみんなでわいわい3D映像の世界を楽しめる仕組みを考えたくなりました。CAVE(ケイブ)というのは、最新のものというよりは実は昔のVR技術で、1992年に米国のイリノイ大学が発表したVR装置で、部屋全体を『視覚提示装置』にするものです。壁3面と床の合計4面に映像をプロジェクションし、センサーで体験者の位置と視線を追跡して、それをもとに映像を映し出します。部屋ごと新しく作るわけですから、とても大規模な装置で、当時、費用も数億円はかかっていました。それを、より簡単でより安価にして、3Dテレビ3台を使ってやってみようというのが『Homemade CAVE』のアイデアです」(八谷さん)
8組のアーティストが、
多様なVR作品を展示。
ワークショップを実施した日から約1週間、GINZA SIXの4F中央吹き抜けレストスペースでは8組のアーティストのVR作品を体験することができました。歴史ある街並みをデジタル化した龍 lilea / Ryo Fujiwaraさんの「小江戸VR」、3D仮想空間の表現を追求したVoxelKeiさんやGOROmanさん、せきぐちあいみさんの作品、VRで銀河系を旅するクワマイさんの作品、八谷さんが手がけたポストペットの作品や動物の食事シーンを見られる「FirstBite」と、幅広いラインナップが登場。
『Homemade CAVE』にはエンジニアのROBAさんが開発したPortalgraphという技術が採用されていて、ヘッドマウントディスプレイなどの専用デバイスを必要とせず、3DグラスでVRの世界を体験できます。ひとりがスティック操作で視点を変えていく世界を、複数人が同時に簡単に楽しむことができるのは、この技術によるものです。
自分のぬいぐるみが3D映像に!
VRカメラを使って撮影。
「VR空間をみんなで一緒に気軽に楽しむ。これを子どもたちにも体験してもらいたかったんですよね。それで、子どもたちが好きなものを持ってきてもらって3D映像作品を作るワークショップを企画しました」(八谷さん)
ワークショップでは、お気に入りのぬいぐるみなど、映像作品の“主人公”となるものを子どもたちに用意してもらいました。ポケットモンスターやとなりのトトロなど人気アニメキャラクターのぬいぐるみや、駅名を学べる置物型の玩具など、それぞれの好みが伝わってきます。
撮影に使用したのは「Insta360 EVO アクションカメラ」。折りたたむと前後2つのレンズを備えた360度カメラになり、開くと前方に2つのレンズがある180度カメラになる仕組みです。今回は、左右の目となる2つのレンズを使い、VR180形式の3D動画を撮影しました。八谷さん自作の自撮りスティックの先にぬいぐるみを固定し、小型カメラを手元にセットして撮影。撮影スティックは子どもたちがひとりでも持てる軽量サイズです。
自由な発想が生まれていく。
ロケハン&アングルチェック。
自撮りスティックにぬいぐるみがつくように下準備をしたら、屋上庭園「GINZA SIXガーデン」へ! 八谷さんからの「屋上をロケハンして、どこで撮影をするといいか考えてみよう」という声がけを受けて、子どもたちは「お花のあるところがいい」「木の上を歩かせてみたい」「空を飛んでいるように撮影をしよう」など自由なアイデアが生まれていきます。
続いて、ひとりずつ撮影をする工程に。まずはシミュレーションをしながらカメラのアングルや動き決めていきます。奥行きを活かした構図や、ダイナミックなカメラワークを考える子もいて、ここにも個性が表れていました。
「VR180で撮れるカメラは2台持っているのですが、今回は子どもたちが使うことを考えて『Insta360 EVO アクションカメラ』にしました。このカメラはアクションカムがベースなので、手ぶれ補正機能が優れています。子どもたちがカメラワークをあまり気にせず撮影できるように、と思ってこれにしたのですが、見事に立体感の楽しめる映像に仕上がってホッとしました。基本的にあまり難しいことは考えないで、どう撮影したら自分の大好きなぬいぐるみたちがかわいく、かっこよく撮れるのか、それを大事に撮影して欲しいとお願いしました」
全員の撮影が終わったら、再び3Dテレビのある展示エリアへ。撮影データを取り込み、八谷さんがコンバート作業を行います。データを取り込むときには左右のレンズで別々に見えていた映像が、コンバート作業をするとひとつの映像に。その過程も子どもたちは静かにモニタリング。どんな動画ができるのかワクワクしながら待っています。
視点を変えながら映像を見ると、
動画の世界に入り込んだよう。
そして全員分のコンバート作業が完了!3Dメガネをかけて、完成した映像をみんなで鑑賞しました。
ぬいぐるみが森の中を歩いている様子も、恐竜のキャラクターが空を飛んでいる様子も、見事に立体的に楽しむことができました。奥行きのある世界は、手を伸ばせば自分もそこに入れるような没入感があります。自分の作品の順番になるとセンサーのついたトラッカーを持って、視点を自由に変えることも体験。子どもたちは上下左右に視点をずらしながら、自分たちが撮影した動画の世界に入り込み、3D世界の楽しさと自由を体感しました。「こうやってメタバースの片鱗に触れて、少しでも興味を持ってもらえたら嬉しいですね」と八谷さん。
あの動物たちにご飯をあげたい!
VRが叶えるささやかな願望。
「ぬいぐるみを主役に」という発想は、八谷さんが『Homemade CAVE』で発表した作品『FirstBite』から生まれたそうです。
「昨年、コロナ禍で緊急事態宣言が出たときに、誰とも一緒にごはんを食べられない状況になって、その鬱憤からか“動物たちに延々とご飯をあげる映像を撮りたい!”と思うようになりました(笑)。そこで伊豆シャボテン動物公園にご協力いただいて、フェネックやカワウソ、レッサーパンダ、ワオキツネザルなどの餌やり風景をVRカメラで撮影したんです。手元のスティックは撮影に使ったものなので画面にも出てるのですが、それを動かすことで、まるで自分が餌をあげているような感覚に。また自由に視点を変えることができます。実はこの動画撮影の経験が今回のワークショップの発端でした。銀座の真ん中で動物を撮影するのはなかなか難しいので、お気に入りのぬいぐるみにしよう!と。ぬいぐるみも言うなれば生き物を似せて作ったバーチャルな存在です。それをバーチャル・リアリティの世界で動かしてみるのも面白いかな、と思ったんです」
楽しい!どうなってるの?
好奇心をくすぐるコンテンツ。
VRゲームやメタバース空間でのチャットなど、普段の生活の中で新たなテクノロジーを体験する未来はすでに始まっていますが、今回のワークショップのように、実際に自分の手で作品を作ることによって、テクノロジーを理解する深度も変わってきそうです。常に先端技術を取り入れながら作品発表を続ける八谷さんに、家族で気軽に楽しめるおすすめコンテンツも伺いました。
「今、僕がちょっとハマっているのがスマートフォンのアプリ『Metascan』。スマートフォンで気軽に3Dモデルを作成することができるんです。やり方はとても簡単で、アプリをダウンロードしたら3Dスキャンしたいものを360度、様々な位置から撮影していきます。ここでのポイントは、撮影対象は動かさず、自分が360度ぐるっとまわって撮影をすること。撮影対象に当たる光源の位置を変えないほうがいいので、必ず自分が動きましょう。だいたい50枚くらい撮影をすればOK。あとは、撮影した動画をアップロードすれば自動でデジタル画像を解析・統合して立体的な3DCGモデルを作成してくれます。これをフォトグラメトリーと言います」
*MerascanはiOS用のアプリですが、「WIDAR」など、Androidスマホで使えるフォトグラメトリアプリもあります。
今回、唇の形をしたケーキをフォトグラメトリーに。とんかつやラーメンなどさまざまな食べ物の3DCGモデルを作ることを「#メシグラメトリー」と呼んでSNSで共有するなんていう造語も派生しているそう。
「作りやすいのは、食べ物や石像など動かないもの。人間や動物だと動いてしまうため同一データを取りにくく、難しいかもしれません。いろんなものでチャレンジして、上手に3DCGモデルを作るにはどうすればいいかを研究してみるのも楽しいと思いますよ」(八谷さん)
八谷和彦|メディアアーティスト・東京藝術大学先端芸術表現科教授
1966年生まれ。九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科卒業、コンサルティング会社勤務の後、(株)PetWORKsを設立。愛玩メールソフト『PostPet』、お互いの見ているものを交換する装置『視聴覚交換マシン』、ジェットエンジン付きスケートボード『AirBoard』、『風の谷のナウシカ』の劇中に出てくる架空の航空機「メーヴェ」をオマージュした飛行装置の開発プロジェクト『OpenSky』など、時代ごとに注目作品を発表し続けている。
Photo:Koichi Tanoue
text:Kana Umehara
Edit:Rina Kawabe(Edit Life),Hitoshi Matsuo(Edit Life)
ABOUT SCUOLA GINZA SIX
GINZA SIXが企画運営を行う「SCUOLA GINZA SIX(スクオーラ ギンザ シックス)」は、次世代を担う子どもたちに向けたカルチャープログラム。「Enrich your creativity」をテーマに各界で活躍する一流の講師陣を迎え、カルチャー・アートを中心としたワークショップを開催していきます。今後の企画にもぜひご注目ください。