Views from Ginza
銀座にまつわる人々と考える明日
はじめてサステナブルをテーマに掲げてGINZA SIX magazineがお届けする一冊。巻頭では様々なかたちで銀座に関わりを持つ3人に、先駆的な活動から、今後の街、持続可能なあり方についてインタビュー。その私たちへの提言を心に刻みたい。
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写真/外交官の両親のもと、世界各地の多様な食文化に触れて味の記憶を蓄積してきたという加藤峰子さん。中学時代はイギリスで過ごし、16歳でイタリアに渡る。大学卒業後は「VOGUE ITALIA」の編集者になるが、23歳で菓子職人の道へ。
里山の未来に警鐘を鳴らす、
儚くも美しい花のタルト
Mineko Kato|Pastry Chef
コース料理を終える最後の一皿が現れた瞬間に、花とハーブの香りがあたりに広がった。銀座の目抜き通りにある東京銀座資生堂ビルのイノベーティブイタリアン「FARO(ファロ)」でシェフパティシエを務める加藤峰子さんの「花のタルト」は季節の移り変わりとともに一週間ごとに変わる25〜30種類の花とハーブで里山の風景を表現する。口にふくむと青々しいハーブの苦味に意表を突かれ、生命をめいっぱいに主張するエディブルフラワーの香りが響きあう。野趣あふれる自然の勢いを包むのは、豆乳で作ったバニラムースと下に敷かれた米粉のタルト生地の優しい甘みだ。
写真/1枚目:花のタルトにカトラリーは用意されない。直に手で食べる所作で自分の“野性”を思い出す仕掛け。 2枚目:フレッシュなままテーブルへ届けるため花は素早く配置。ヴィーガンかつグルテンフリーのこのスペシャリテは、ファロのエグゼクティブシェフである能田耕太郎さんがグランドメニューとしてヴィーガンのコースを打ち出す挑戦にともなって誕生した。もはやそれは菜食主義の方々だけの選択肢ではない。植物の底力を引き出そうとする探究心によって生み出され、自分たちが住み、食べ、眠る環境がこれからも持続していくための食文化を切り拓くコンテンポラリーな表現なのだ。そしてファロはミシュランガイドで3年連続で一つ星に輝き、持続可能なガストロノミーを実践しているレストランに与えられる“グリーンスター”を獲得した。
「ヴィーガンのデザートは自分の過去の経験を覆す苦しい挑戦でした。しかし、先行する知識がない逆境に燃えて、開拓者としてゼロから実験に取り組めました。卵や乳製品が使えないのではなく、使わないとあえて言いたいです」
加藤さんのデザートの特徴はまた、それを食べる体験がサステナブルな未来へと視線を切り替える分岐点になることを目指すところにもある。皿に佇む花のタルトは、食べると、目の前から姿を消す。真っ白な皿だけが残る。その「儚さ」に、自らが肌身に感じてきた危機意識に由来する「50年後、里山の風景は残されているのだろうか?」という問いを託す。
「ひとつの皿の上で紡がれる物語や、そこから生まれる会話や行動など、社会的な連鎖を大切にしています。胃袋を満たすのではなく、意外性によって想像力を掻きたて、人と自然が親密な関係性を結ぶきっかけになるデザートを作りたい。自然農を行う産地に足を運ぶと高齢化、過疎化が進み、後継者不足は深刻です。農薬や化学肥料を使った単一農業によって生物多様性が損なわれてしまった荒れた土地を耕すのは、容易ではありません」
写真/杉の間伐や水路の整備など、里山の再生に取り組む生産者の井上さんと未来の食文化について意見を交わす。
だが一方で、ぐんぐんと根を伸ばしつつある希望の芽もある。それは、花のタルトを構成する食用花やハーブの生産者のひとり、「苗目」の代表を務める井上隆太郎さんだ。フローリストとして、主にファッションブランドの展示やイベント会場の装花で活躍していたが、2014年に千葉県南房総の鴨川市で畑をスタート。ハウスを再利用し、耕作放棄地に地道に手をかけながら、多品種がにぎわう野原のような畑を実現した。年間を通して収穫できるハーブで収入は安定し、雇用も創出。少しずつ若者も集まってきた。
インターネットの直販で消費者とつながり、今年の春には、クラウドファンディングで資金を集めてレストランを始動。支援者や卸先のシェフ、地元の方々を巻き込みながら、自然農をとりまくカルチャーの発信地になっている。
写真/1枚目:100種類を超える稀少な食用花やハーブがいきいきと育つ温室は計8基。 2枚目:間伐した杉を活用した大テーブルでディナーを囲む催しも。 3枚目:摘みたてのハーブの香りや里山の風景が加藤さんのイノベーティブな発想のヒントになる。「小さな規模から地道に積み重ねて、現代的なツールをもかっこよく使う井上さんの農業は刺激的です。井上さんの方法が新しいビジネスモデルとして広まっていけば、これからの日本の農業は明るいと感じさせてくれます。思うに、現代は、自分の利益だけではなく、地球の持続可能性を考慮して物事を考えていくことが“先進的”な社会を作るのではないでしょうか? 銀座という街は、先進的な思想を世に問いかけて、価値を提案してきた場所だったはず。既に評価の定まったものを売って利益を求めるのではなく、物の向こう側にある、地球に生きる者同士が利他的につながる豊かさを探求してほしい。私も調理場にとどまらずに、若い人が違和感をイノベーションにつなげていけるための教育に携わり、食の領域で活躍できる場所を作り出す裏方としてもっとできることはないかと、銀座という街から未来を見据えて動きたいと考えています」
加藤峰子
Profile:東京都生まれ。イタリアの名だたるミシュランの星獲得店を経て、2018年にファロのシェフパティシエに就任。2022年には「ゴ・エ・ミヨ」ベストパティシエ賞を受賞。
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写真/東京・駒沢通りに面した事務所。壁面の棚は金メッキ加工した単管パイプやOAフロア用のサポートフロートを組み上げたもの。本来の用途とは異なる使い方で、素材を再定義する。
未完成の状態をデザインしたい
Daisuke Motogi|Architect
建築、インテリア、ランドスケープや都市計画をはじめ、プロダクトデザイン、コンセプトメイキングなどを手がける元木大輔さんは、性格の異なる2つの事務所を構える。クライアントの依頼に応えてクリエイティブを行うDDAAと、自主的なリサーチ&デベロップメントを行うDDAA LABだ。前者はクライアントとチームを組む組織であり、後者はDDAAの興味に基づいて制作を行う。そんな元木さんが昨年12月から約2カ月間、無印良品のギャラリーATELIER MUJI GINZAで行った『MUJI for Public Space展 - 街をもっと楽しむための100のアイデア - 』は、後者によるプロジェクト。銀座を舞台に、無印良品のプロダクトを使い、新たな公共性を提案した。
写真/無印良品 銀座ATELIER MUJI GINZAで行った提案のひとつ。
「このプロジェクトは無印良品のシンプルかつ規格化されたデザイン、さらに日本中で入手可能という点に着目しました。その製品を街に持ち込む100種類のアイデア──街路樹がレストランに、終電後のメトロの入り口階段が劇場に、使われていない公衆電話がバーやコワーキングスペースに、パーキングがポップアップショップに、歩行者天国がビーチや陸上競技場に変化することで、人々は多様性が生まれた街をもっと楽しめます。ものから街までを編集可能な素材だと捉え直す視点があれば、ものも街もどんどん変化し、完成という概念ではなく“成長”するものと捉え直すことができるかもしれません」
元木さんの事務所前にあるバス停のガードレールには、彼らが自作したベンチが取り付けられている。善意によるアノニマスな家具は街をハックしたものだが人々に愛されている。彼は、モダニズムから発展したユニバーサルなデザインで世界が均質化した現代でも多様性や特殊解を楽しみたいという。ただしそれはユニバーサルなデザインの否定ではない。「ミシュランの星付きレストランと安い居酒屋の楽しみ方が違うように、どちらがいい悪いではない。質が違うだけで、両者それぞれのコンセプトを楽しめる状態が街に増えていくほうがいいですよね」と笑う。
写真/1枚目:事務所前のバス停に設置されたDDAA LAB作のベンチ。2枚目:アルヴァ・アアルトの「スツール 60」をモチーフに、スツールの改変の可能性を追いかけたプロジェクト「Hackability of the Stool」より、座面を時計盤にした作品。もともと「知ること」が好きなのだと、元木さんはいう。プロジェクトのたびにリサーチを重ねることで興味の対象も広がり続けた。前述の展示のために銀座を歩き、国内有数の高額な料金設定の駐車場が街に点在することに着目した。駐車場代としては高額でも、ポップアップのための空間として捉えると同じ面積の路面店よりもはるかに安く一等地に出店できる。そうした視点で先に開催された東京オリンピック・パラリンピックを振り返りながら、銀座の目抜き通りで陸上競技を行ってもよかったのではないかと振り返る。
「街を借り上げ、ビルを観客席として開放する。そんなふうにスポーツと文化の場所として街を開放してもよかった。新しいものを複雑に作らず、多様性を増やしていく方法はいくらでもあります」と、元木さんらしい視点で都市のサステナビリティを語る。マスに向けた画一的なコミュニケーションではなく、大きな市場で取りこぼされてきたものをすくい上げるようなコミュニケーションにこそ興味があると、彼は続ける。
「例えばGINZA SIXもテナントとの共同の活動をプロモーションの一環とし、そのプロセスの公開で、マスコミュニケーションではなくインタラクティブなコミュニケーションを目指すのはどうでしょうか」
写真/1枚目:1フロアを全面改修し、リースラインのない商業施設に再生する計画案の模型。 2枚目:国内各地で別荘を展開する「NOT A HOTEL」のためにデザインしたモバイルハウス「ANYWHERE」の模型。5台のキャンピングトレーラーそれぞれに、寝室、書斎、風呂、スナックの機能を持たせ、それらが移動式の別荘となる。元木さんは今、完成していない状態をデザインすることを考えていきたいという。
「完成という概念があるから、人はそこで考えを止めてしまう。常にアップデートしていく前提で未完成のものづくりを行う。するとそれは完成品ではなく素材として捉えられるので、結果として可能性を持ち続けます。僕は『なにかを否定しない作り方』と表現しているのですが、ノイズを許容することも大切にしたい。それが、多様な価値観を否定しないことにつながります」
だからこそ「探求を続けたい」と語り、調べ続け、考え続けることで、ひとつの価値観に囚われず、自己を固定化しない生き方を望むという彼は、「そんな時間の過ごし方が人生の大きなテーマ」と語る。元木さんのサステナブルな視点が、自身はもちろん、私たちの価値観までアップデートし続けていく。
元木大輔
Profile:埼玉県生まれ。2010年にDDAA、2019年にMistletoe JapanとDDAA LAB設立。2023年6月15日〜18日にはドイツのヴィトラ キャンパスで「Hackability of the Stool」の展示も行う。
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写真/GINZA SIXの位置する中央通りの交差点。歴史と先端、多国籍の人々が縦横に行き交う。多様性をもって変わり続けるからこそサステナルブルになるという藤野さんの言葉が響く。
銀座のもつ物語性を未来に受け継ぐ
Junichi Fujino|Programme Director
サステナビリティやSDGsという言葉に他人事感を抱いている人でも、近年の相次ぐ自然災害や夏の酷暑には危機感を覚えているはず。気候変動の問題は今や、遠い未来のリスクではない。そんな中、日本も2050年カーボンニュートラルを目指すことを宣言し、政府や自治体が実現に向け再生可能エネルギーへの転換などの取り組みを行っている。この発端とも言えるのが、地球環境戦略研究機関(IGES)上席研究員として、脱炭素政策に幅広く関わっている藤野純一さんだ。藤野さんらが2008年に発表した「低炭素社会に向けた12の方策」のレポートなどを発端に低炭素社会という言葉が広まり、日本全体が動き出した。その後彼は研究やシミュレーションモデル作成にとどまらず、北海道の下川町や北九州市、富山市と、世界初の自治体VLR(=自発的地域SDGs進捗レビュー)を作成し、ニューヨークの国連本部で開催されたSDGs世界大会で北九州市長らとともに公表するなど、自治体発SDGs発信にも力を入れている。
IGESの藤野さんのプロフィールには「成長の限界」が出版された1972年生まれ、とある。
「オイルショックの頃に生まれ、学校でも石油があと30年で枯渇すると習い、環境に対して人間が良い影響だけを与えているのではないのだという意識はずっとありました」と振り返る。とはいえ強い危機感を覚えていたわけではなく、大学の工学部で学ぶ過程でたまたまバイオマスや原子力などについて分析したり、2100年のエネルギーシミュレーションなどを考える分野にたどり着いた。「その後東日本大震災を経験し、原子力に対する考え方が大きく変わり、エネルギー構成のシナリオを全て書き換える必要が出てきました。そこで福島を頻繁に訪れるようになったことで、現場に具体的なソリューションを提供しなくてはダメだと実感し、研究室から出てステークホルダーを巻き込んだアクションに落とし込むスタイルになりました」
写真/1枚目:藤野さんが手掛けてきた著書・共著書の数々。小学生向けから専門家向けまで、それぞれの立場のアクションにつながることを大事にしている。 2枚目:北海道下川町とともに取り組み国連で発表した2018 SDGsレポートは、各国から反響を呼び、その後多くの国際会議に招聘された。そんな藤野さんは、今の環境問題をどう捉えているのだろうか。
「この数十年の間に、公害やオゾン層の破壊など目に見える課題はかなり改善している一方で、目に見えない課題はむしろ広がっています。国連のグテーレス事務総長は私たちが直面している地球上の危機について、気候変動と生物多様性の損失、そしてプラスチック汚染の3つが挙げられると説明していますが、これらはいずれも“地理的不平等”さらには“世代間の不平等”を引き起こします。現代の都市部の人々が化石燃料を大量生産・消費・廃棄したツケが、他の地域の人々や子孫の生きる世界に押し付けられてしまう。この問題を解決するためには私たち一人ひとりが、少し離れた世界や次の世代への想像力をもつことが重要でしょう」
その“一人ひとりの発想や行動”に新たな選択肢を提案する場として、銀座はリーダーシップを取れるのではないか、と藤野さん。IGESの東京オフィスも銀座の隣町・新橋にあり、この街のポテンシャルに期待している。「銀座は江戸時代から栄えた歴史をもち、同時に時代の最先端の街であり、世界中の観光客が足を運ぶグローバルな都市でもあります。この街が新しいライフスタイルを発信することは、日本中、世界中にポジティブな影響を及ぼすはず」
写真/1枚目:IGESのオフィス。だがいつもオフィスにいるわけではなく、ノマド的にフットワーク軽く働いている。 2枚目:藤野さんがこの道に進むきっかけとなった国立環境研究所の故・森田恒幸博士。常に「世界に目を向けてください」と指導されたという。これからの銀座の魅力として、藤野さんがヒントとして掲げたのは“銀座のもつ物語性”。
「江戸時代にはごくあたりまえにサステナブルな生活文化が定着していましたし、隣近所との支え合いがそれを実現していたでしょう。あるいはものづくりをする上でも原材料を育てるところから、職人が形にし、送り届け、ときには使い終わった後の捨て方も含めて、そこには物語があるでしょう。目に見えるものだけでなく、人と人のつながり、時の流れといったものにフォーカスすることが、サステナブルな時代の新しい価値を発信するカギではないかと思います」
銀ブラ、という言葉が象徴するように、ただぶらりと歩くだけで刺激を受け、ハイソな気分にさせてくれるのが銀座の街のパワーだったが、それは今も健在だと藤野さんは語る。
「銀座の街で過ごすことで、ただ単に“安いから”“便利だから”“新しいから”といった利己的な消費観から、“不当労働や天然資源の搾取につながらない消費は心が豊かになる”“高価でも丁寧に作られた長く使い続けられるものがいい”といった価値観へと転換していく、情報の発信基地になる力が銀座にはあると思います。その手法はひとつではありませんし、それぞれができるやり方で、様々な挑戦を提示していくべきでしょう。そうした多様な取り組み自体が街全体を強く底上げしてくれると思いますし、そもそもサステナブルであるということは、常に新陳代謝し続けるということ。これからの銀座がますます楽しみです」
藤野純一
Profile:地球環境戦略研究機関(IGES)サスティナビリティ統合センタープログラムディレクター・上席研究員。東京大学大学院修了。国立環境研究所などを経て現職。
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Edit: Yuka Okada(81)
Photos: Shota Matsumoto
Text: Yoshikatsu Yamato (Mineko Kato), Yoshinao Yamada(Daisuke Motogi), Yurico Yoshino (Junichi Fujino)
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