都市の中で自然の造形美に浸る。
「LOUNGE SIX」に込められた
ラグジュアリーの本質。
MAGAZINE|2022.04.29
天井部分がゆるやかにカーブした、有機的なフォルムの黒漆喰の分厚い壁と、表情豊かな鉄の扉、その傍らに「LOUNGE SIX」の文字。GINZA SIXの一隅にあるここは、GINZA SIX MEMBERSHIPのVIP会員(*)が利用できるプレミアムラウンジです。GINZA SIX内の体験をサポートするコンシェルジュが常駐するほか、厳選した季節ごとのフードメニューやスイーツ、ドリンクなどのサービスも行うこのラウンジでは、各方面で活躍する気鋭のアーティストや文化人を講師に招いたイベントや、ブランドとのコラボレーションイベントも開催しています。
この空間を設計したのは、現代美術作家の杉本博司さんと建築家・榊田倫之さんが率いる「新素材研究所」。2008年の設立以来、美術館、ショップ、住宅などを世界各地に手がけ、ますます活躍の場を広げています。
ラウンジ内にはさらに、杉本さんによる作品の数々も飾られていて、ここはまさに、世界指折りの美術家である杉本さんの世界に浸れる空間。GINZA SIXオープン5年を機に、杉本さん・榊田さんのお二人にお話をお聞きしました。
買い物の合間に、
自然を感じられる場所を。
--お二人が率いる新素材研究所がこの「LOUNGE SIX」を設計なさって5年が経ちます。改めて、このプレミアムラウンジの設計のコンセプトを教えていただけますか。
榊田倫之 特別なお客様がお買い物をされる合間にひとときを過ごす場所ということでしたので、自然を感じられる空間にしたいという思いは最初からありました。一般的に商業施設は、商品を紫外線から保護するために、自然光が入らないケースが大半。だからこのラウンジが、都会の中の庭のような役割を果たすといいなと思ったのです。
ラウンジの場所として決まっていたのは、ほかのショップスペースと同じく自然光の入らない場所だったのですが、どうしても外光にはこだわりたかった。そこで建物に開口部(窓)をつけていただき、縦桟(たてざん)の障子を配しました。昼間はこの障子越しに自然光を感じられ、夜には光源が暖色に変わって暖かな光に包まれる。光の演出だけで、外を感じられる空間としています。
時間を経ることで、
より美しくなっていく建築。
--重い鉄の扉を抜けると、レセプションでは大きな壁に掛かる杉本さんの大作「海景」が迎える。この壁を回り込むと今度は抜けのいい、落ち着いたラウンジが広がっているという空間構成ですね。「自然を感じる場所」というお言葉がありましたが、無垢木、古色豊かな石など、ラウンジ空間には自然素材がふんだんに使われています。
杉本博司 素材の扱いは私たちが得意とするところでもあります。既存の建築はどうしても、完成した時点がピークで、だんだんと古びていくという印象が強い。私たちが目指すのは、それとは逆に時間の経過とともに美しさが増していく、まさに自然の造形美のような空間です。
榊田 たとえばエントランスの鉄の扉は、大正時代に看板建築などに使われたブリキの板金技術を使って葺いていただきました。レセプションの床は、1910~70年代にかけて京都を走っていた市電の下に敷き詰められていた古い石です。
木ならば杉や松のような針葉樹、石ならばポーラス(多孔質)な凝灰岩。日本古来の素材である一方で、建築資材としては経年変化のしやすい、どちらかというと現代建築には敬遠される素材で美しさを織り上げたいという気持ちがあります。ピカピカの大理石や鏡面で仕上げた分かりやすい高級さではなく、マットで深みのある面で高級感を構成していく。すべての細部にこだわりながら、いやな要素が何ひとつない空間というのは、ひとつ目指すところでもあります。
--建築における経年変化の美、削ぎ落とした美に共感が集まっているからこそ、お二人と新素材研究所の活躍の場も広がっているのでしょうね。
榊田 想像以上に共感を得られているという感覚です。たとえば住宅ならば、家を建てるのが3軒目、4軒目といったクライアントも少なくありません。ラグジュアリーを突き詰めていくと、居心地のよさや、自分にとって価値があるかどうかが鍵になってくるのではないかと感じます。そういう中で我々を選んでいただいていることには、大きな責任も感じます。
--5周年にあたり、ラウンジ内の杉本さんの作品も、一部掛け替えがなされました。
杉本 今私の後ろにある「Past Presence」のシリーズは、ニューヨークのMoMAからのコミッションで彫刻庭園を撮影したものです。ジャコメッティやエリー・ナーデルマン、クレス・オルデンバーグといった20世紀の巨匠たちの作品をぼかして撮影する技法で撮影しています。今回持ってきたのは、一年以上MoMAに展示していた作品。ちょっとしたMoMAの分室みたいな気持ちで楽しんでいただけたらと思います(笑)
変化しても揺るぎない、
銀座というブランド。
--お二人にとっての「銀座」とは、また銀座に求めることがあれば教えてください。
杉本 私の実家は、戦前に銀座二丁目で創業した銀座美容商事という美容品を扱う問屋でした。戦後は御徒町に移ったのですが、そんなところから、銀座は物心つくずっと以前から連れてこられてきた街ですね。母親の友人の洋裁店で子ども服をオートクチュールであつらえて、そのよそ行きの服を着せられて週末に高級中華店に連れて行かれたり。今はなくなってしまった店も多いし、ずいぶん様子も変わったけれども、街としてのブランドが揺らぐことはないと思っています。
少し話はそれますけれども、僕は小学校5年生のときに、かつてこの「GINZA SIX」の場所にあった松坂屋銀座店の屋上で銀座の風景を描いたんです。それが子どもたちの絵のコンテストに入賞して、世界巡回に出かけたんですけど……結局帰ってこなかったですね(笑)。あの絵はどこに行ったのかな? あの時いた屋上に近い場所に「LOUNGE SIX」を設計したのかと思うと、なんだか不思議なご縁がありますね。
榊田 私は上京して20年あまり、人生の約半分を東京で過ごしていますが、その間ツーリストの視点で東京を見たことがなかった。実は最近、帝国ホテルにしばらく滞在して初めて東京に降り立った人の視点を体験してみたんです。そうしたら、銀座という街は自分が考えていたよりも良い意味でずっとスケールの小さい街だということが見えてきました。ここのところ特に、銀座・日比谷・日本橋・丸の内……と、エリアを細分化して語ることが多いけれど、どこも歩いて回って行ける距離だなと再認識しました。広い意味での銀座には、まだまだ歩いてこそ発見できる路地裏やスポットがある。いま、週末に歩行者天国になるのは「GINZA SIX」前の銀座中央通りだけだけれど、もっと銀座全体、東京全体のスケールで、人が優先されるような都市になると、さらに魅力が増すと思います。
杉本 僕はアナクロニスト。古いものに価値を見出します。世の中、進化しているように見えて、同時にいいものがどんどん失われていっている側面があるなあと思います。人間そのものは変わらないのだから、やはり古いものも、新しいものと同じように大切にしていきたい。このラウンジのような場を通じて、「GINZA SIX」にいらっしゃる、若くかつ好奇心や余裕のある方たちにも、そういう視点が伝わるといいなと思います。
*DIAMONDステージ会員、GINZA SIXカード(プレステージ)をお持ちのPLATINUMステージ会員
杉本博司(すぎもと・ひろし)|1948年東京生まれ。現代美術作家。70年渡米、74年よりニューヨーク在住。写真、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、執筆、料理と多岐に渡って活躍する。2008年榊田倫之と建築設計事務所「新素材研究所」設立。2009年公益財団法人小田原文化財団設立。1988年毎日芸術賞、2001年ハッセルブラッド国際写真賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞(絵画部門)受賞。2010年紫綬褒章受章。2013年フランス芸術文化勲章オフィシエ叙勲。2017年文化功労者。
榊田倫之(さかきだ・ともゆき)|1976年滋賀県生まれ。建築家。2001年京都工芸繊維大学建築学専攻博士前期課程修了後、株式会社日本設計入社。2003年榊田倫之建築設計事務所設立後、建築家岸和郎の東京オフィスを兼務する。2008年杉本博司と新素材研究所を設立。現在、榊田倫之建築設計事務所主宰、京都芸術大学非常勤講師、宇都宮市公認大谷石大使。杉本博司のパートナー・アーキテクトとして数多くの設計を手がける。2019年第28回BELCA賞など受賞多数。
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アーティスト本人による、
ギャラリートークも開催。
「LOUNGE SIX」内のアートの掛け替えをしてすぐの2022年4月9日、抽選に応募の10組20名を迎えて、杉本さんご本人が登壇するギャラリートークが開催されました。杉本さんが手がけた空間のなかアーティスト本人による作品解説を聞く至福のひととき。ベージュ アラン・デュカス東京による特別スイーツも、贅沢な時間に華を添えました。「LOUNGE SIX」では“大人の遊びと学びの場”をコンセプトにした体験イベント「クリエイティブサロン」をはじめ、様々なイベントを開催しております。
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Text: Sawako Akune(GINGRICH)
Photo: Norio Kidera
Produce: Hitoshi Matsuo(EDIT LIFE),Rina Kawabe(EDIT LIFE)